月別アーカイブ: 2021年8月

チャーリー・ワッツの仕事術

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「僕らは他のどのバンドよりも

長く活動を続けている。

それは名声や運とは無関係だし、

ストーンズが優れているということでもない。

ただ、それだけのことだよ」

 

こちらの言葉、8月24日に

80歳で世を去ってしまいました。

ローリング・ストーンズのドラマー、

チャーリー・ワッツさんの言葉ですね。

何だか何歳になっても永久にあのバンドで

黙々とドラムを叩き続けるような気がしていました。

それでも近年はずっと

闘病しながらの音楽活動だったようです。

 

ワッツさんは、デビュー当時から、

ミック・ジャガーやキース・リチャードの後ろで、

ほぼ50年にわたって

ずっとドラムを叩いてきたオリジナルメンバー。

 

ほぼ同じメンバーで50年。

昨年でしたか、コロナ禍でのリモート演奏も

行なっていましたね。

机とかその辺のものをドラム代わりに叩いていたのが

印象的でした。

 

ただ、ワッツさん、

「ローリングストーンズを辞める」という話は、

ときおり持ち上がっていたそうです。

 

なんせこの世界を代表するロックバンドにいながら、

「自分は本当はジャズのドラマーだ!」と、

とんでもないことを言っていたわけです。

「この音楽は、自分に合わないなぁ」と一貫して公言していたとか。

 

実際、ジャズのバンドを、独自に作ったりもしていました。

 

ただ、求められる自分の役割は、

徹底して踏襲したそうです。

 

メンバー間が少しギスギスいて、

皆が勝手勝手にやっているときなど、

ワッツさんは1人でスタジオにこもって

手を水ぶくれだらけにしながら、

黙々とドラムを叩いている。

 

そんな姿勢が、メンバーの心をつなぎとめ、

頼りにされる存在であり続けたと言います。

 

自分の仕事のスタイルにこだわり続け、

自分に厳しくあるからこそ

長くその仕事を楽しむこともできる。

 

振り返ってみれば

「そこしかない」という自分の居場所で、

唯一無二の仕事を生涯にわたってやり遂げた。

うらやましいことですね!

 

そういう仕事、そういう出会いを

実現したいものです。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

「バスの一番前の席」って、どこにあるべきか?

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今日、久々に

「バスに乗る機会」がありました。

 

コロナ後、2年くらいぶり?

……なんてことはないと思いますが、

前には気づいていなかったのか。

コロナ禍になってからずっと

「一番前の席」が使用禁止になっていたんですね。

昨年の春くらいに、

全国バス協会で方針が決まったそうです。

一体どうしてかというと、

「運転手さんを守るため」だとのこと。

「後ろの席のお客さんの飛沫がかかるのを

防止するため」とされています。

 

「じゃあ、通常のお客さんは守られてなくていいの?」

そう思ってしまうのですが、

実際にバスの運転手さんは「真後ろの席との近さ」を

長くずっと感じていたそうなんです。

 

人によっては、

いちいち運転の仕方をチェックされているようで、

とても気になっていたとか。

コロナで人との距離が問題になったとき、

そうした日々の業務で感じる怖さが

改めて浮き彫りになったようですね。

 

で運転席の後ろは、それならばわかる。

反対側の一番前の席からでも、

飛沫って飛ぶのだろうか?

 

よっぽどマスクをせずに咳などしてない限り、

こっちは影響ないように見えます。

ただ、乗ってくるお客さんに対して

息がかかることはあるかもしれません。

 

実際、ここの席って、

ちょっと座りにくいですよね。

乗ってお客さんと目が合ったりして。

やっぱり最初から

人との距離感に違和感を生じさせる

位置にはあるのでしょう。

 

おそらくこの

「誰かに心理的な圧迫を与える位置」にある席は、

コロナと関係なく、

本当はずっとストレスを与えてきたもの。

だとしたらコロナをきっかけにして、

全体的なデザインを少し変更するなどして、

よりいいものに改善していきたいですよね。

 

案外とコロナ禍は、

何気なく放置させていた問題を

さらけだすきっかけにもなっています。

 

とくに職場にそんな問題は多いでしょうが、

「どれだけコロナ後にそれが改善されているか」は、

今後のビジネスの行く末を

大きく左右するかもしれませんよ。

 

[効率無視の仕事術]

「取り戻したい日常」をもう一度思い描く

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画像は地元の神社ですが、

手水に造花かもしれませんがアサガオの花。

清涼感がありますよね!

 

ただ、コロナ禍の延長で、

いまだ中の水は復活していません。

それでも見た目だけ、

コロナ後を味わってもらおうと

こうした工夫をしているんですね。

 

ようやく東京は、デルタ株の感染拡大自体は

少し減ってきています。

もちろん油断はできません。

重傷者も入院待機者も増えています。

 

東京では渋谷で行なわれた

「予約なしの予防接種」に

30代以下の人が殺到しました。

 

「若い人は感染抑止に無関心だ」

なんてことばかり言われますが、

そういう人はごく一部。

 

実際は我慢しながら、

「早く日常に戻りたい」と願っている人が

大勢いるわけです。

 

それでもなかなかワクチンの予約ができない。

私の知り合いにも何人かいますが、

思う以上に今の日本人は、

「感染を抑えよう」と、

それぞれ努力しているわけです。

 

そのことを上の人たちは、

もっと理解するべきでしょうね。

 

ただ、焦っても仕方がありません。

 

もう2年以上、

私たちは思考錯誤していますが、

わかったのは「待つしかない」ということ。

それでは「今、自分ができること」を

コツコツとやっていくしかない。

 

ただ、この「手水のアサガオ」のように、

取り戻したい日常の姿だけは、

イメージをなくさないようにはしたい。

 

たとえば皆がマスクを外し、

勉強会などに集まって、

終わったら品川の焼きとん屋さんとか

麻布十番の餃子屋さんに行く光景を

想像してみる。

 

いや、じつは夢にまで見てしまいましたが(笑)、

かつてあった日常を

忘れてしまってはいけないですね。

それだけが今、前に進むための力になる気がします。

 

でも、「賢者の会」で使っていたお店の数々は、

まだ健在なのだろうか……?

 

[公私混同の時間]

「ツェッペリン」が大空を飛んだ時代

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今から92年前の8月29日、

世界を驚かせた技術が開発されました。

それが画像、「飛行船」ですね。

ドイツのツェッペリン伯爵が設計した

「硬式飛行船」という巨大な「空を飛ぶ船」。

「グラーフ・ツェッペリン」というのが、

その機体の名でしたが、

世界1周の飛行に成功したんですね。

 

すでに飛行機は開発されていましたが、

庶民の乗り物にはなるまでではない。

ツェッペリン伯の飛行船事業は大人気となり、

「グラーフ・ツェッペリン」は

ヨーロッパとアメリカを結ぶ、空の連絡路となります。

 

設計も安全性が高く、じつはほぼ無事故で

1930年代の「空の時代」を生み出しているんですね。

 

ところが運悪かったのは、ドイツにおいて

ヒットラーのナチスが台頭したことです。

 

当時、飛行船会社を創業した

ツェッペリン伯爵は世になく、

パイロットだったフーゴー・エッケナーさんが、

その意志を継ぎ、社長に就任しています。

 

彼らの理想は、あくまで世界をつなぐ、

安全な航空便をつくること。

これを軍事利用したかったナチスとは、

真っ向から対立することになったんですね。

 

結果、ナチスは強引に、

ツェッペリン社の事業を国有化します。

 

けれどもナチスの運営には問題もあり、

1937年には「ヒンデンブルク号」の大爆発事故が起こります。

飛行船の安全性は失われました。

 

やがて戦争が始まり、

飛行船は偵察用などに使われたものの、的にはなりやすい。

だんだんとその用途は、

飛行機に置き換わっていったんですね。

 

でも、本当は「安全第一」で、

「のんびり空を旅しながら平和な世界を体感する乗り物」

として生まれた飛行船、

ツェッペリンさん、エッケナーさんは、

最後まで自分たちの方針を貫き、事故も起こしませんでした。

 

水素車がこれから出てくるんだったら、

どこかで飛行船も復活しないですかね。

乗ってみたいとは心から思います。

 

☆今回の記事、飛行船に詳しい

ユーザーからの指摘をツイッターでいただき、

修正しています。

ありがたいですね。

 

[仕事ができる人の歴史入門]

学びたい「サポートを受ける」力

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東京オリンピックに続き、パラリンピックでも、

メダリストが続々と生まれています。

皆、東京に向けて、頑張ってきていたんですね。

会場に行けなくても、

その気持ちはよくよく伝わってきますね!

画像は、唐沢剣也選手が銀メダル、

和田伸也選手が銅メダルを取った、

「男子5000メートル・視覚障害T11」という種目。

 

見ると、二人三脚?

なんて思ってしまうのですが、

オレンジの服を着た方は

「ガイドランナー」という人。

目の不自由な選手の伴走をする役割なんですね。

 

当然ながら「ガイドランナー」は、

選手と同じくらい速くなければいけません。

サポートするのも結構大変と思うのですが、

やっぱり専門の訓練を受けるとのこと。

 

たとえば銀メダルをとった唐沢選手の場合、

小林光二さんと茂木洋晃さんという

2人のガイドがいて、

小林さんは箱根駅伝の選手だった方なんですね。

 

3人チームの場合、

ガイドにメダルは出ないそうですが、

唐沢選手は「皆で取ったメダルだ」と

インタビューで語っていました。

 

そういえば、視覚障害者の水泳にも、

「タッパー」という人がいました。

プールの外から棒の先にボールがついたような器具で、

距離などを選手に伝える役をする人ですね。

 

こうした「サポートを受ける力」までを含めて、

パラリンピックの選手たちは、

その力を磨いているんだなと、あらためて思います。

 

それは恥じるべきことでなく、

自分が最善の力を発揮するために

周りの人に頼ることが大切になる。

 

考えてみれば健常者だって同じなのかもしれませんね。

自分に足りないものを知り、

そこをしっかり他者の力を借りて

目標を達成する人が、

仕事においても成功することになります。

 

ただただ己の力を磨くだけでなく、

皆のサポートをしっかり受けていく。

こうした姿勢は学びたいものです。

 

[効率無視の仕事術]

こんなふうに考えて、息苦しい毎日を乗り越える!

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編集協力をさせていただいた本を紹介します!

 

「パク@精神科医」という異色の著者さん。

 

ゆるメンタル練習帳

という本ですね。

ダイヤモンド社から本体1400円で

25日に発売されました。

著者は現職の精神科の先生ですが、

ツイッターなどで非常に人気を得ている方。

 

なんせ今はとても「生きにくい時代」なんです。

ともすればリモートワークで孤独になってしまうし、

出勤すれば出勤したで、皆がストレスを抱えている。

 

そんな中で、「自分らしく生きる」とか、

「ありのままの私でいる」ということが

幸せでいるための条件とされています。

 

そんなこと言ったって何をしていいのかわからない。

結局、どうしようもない日常の中で、

私たちは自分を抑え、

「面倒くさいもの」と対峙していかなければいけない。

 

でも、そんなに無理をしなくていいんです……。

 

本書では「擬態」と呼んでいます。

ほんの少し、

「社会に解けやすい自分」を演出してみる。

自分に少し「できなくていいじゃない!」を

認めてみる。

 

そんな考え方を身につけるだけで、

生きることは少しだけラクになっていきます。

 

なんせ本書の著者は、

「発達障害」であったり、

「トランスジェンダー」であったりという

この社会でどうも生きにくい条件を抱え、

自身「うつ」の病を経験しながら、

いまや精神科医として、

患者さんのメンタルケアを実践されている方なんです。

 

その秘訣はまさしく「ゆるメンタル」で構わない。

 

「強いメンタル」なんていらないから、

「ゆるく、いいかげん」でも、

ダメージを受けにくい心をつくることが

大切なんですね。

 

たとえば本書の中にある、

「生きるのがさらにラクになる習慣

・「パンをこねて」イライラを解消する
・「セルフモニタリング」を取り入れる
・どんな休みだと「やっちまった! 」と思うかを書き出してみる
・「他人の噂」に振り回されるのをやめる
・陰口や悪口は、何を言われても聞き流すと決める
・楽しみのためにお金を使うことを自分に許す

とくに現在、SNSに振り回されるのが嫌になっている方には、

とてもおススメの本ですね。

いろんなことに寛容になれます!

[お仕事のページ]

入院中に一気に読んだこの小説

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もう1週間前になりますが、

白内障の手術で一泊の入院をしました。

 

できるだけその間、

目を休めるように考えていたのですが、

やっぱり時間はあります。

 

じつは面倒くさいから、

カードを買って、イヤホンを付けて

「テレビを観る」ということもしなかったんですね。

パソコンも開かない、スマホもできるだけ見ない。

余った時間は、せっかくだから本を読もう……と。

 

それでパートⅡ、パートⅢと

一気に読んだのがこちら、

褒田哲也さんの

『ジウ』(中公文庫)ですね。

 

人気の小説で読んだ方も多いと思います。

それ以上に

テレビドラマで観た方も多いかもしれません。

「ジウ」と呼ばれる

謎の中国人犯罪者を軸に引き起こされる

スケールの大きい警察小説。

 

私はドラマも見てなかったし、

褒田作品らしく、

何も考えずに展開を楽しめるからいいのではないか。

 

正直、痛々しい描写は、

ちょっと入院患者向けでない部分もありましたが(苦笑)、

誘拐事件から

最後は国家転覆のテロにまで発展していく物語は、

ついつい時間を忘れさせてくれます。

一気に読んでしまいました。

 

この物語の魅力は何と言っても2人の主人公です。

 

どちらも女性の警官で、

1人は「皆を守りたい派」。

力はないけど、とにかく優しさで

出会った人をすべてを

「幸せにしたい」と考えるタイプ。

犯人との交渉役を担う刑事になっていきます。

 

もう1人は「皆を倒したい派」で、

あらゆる格闘技を駆使し、

出会った人すべてを薙ぎ倒したい。

特殊部隊の隊員になっていきます。

 

当然ながら正反対で、

互いに対立する立場になっていく。

大きな犯罪が息もつかせないテンポで進行する中、

この2人がお互いを理解し、

協力し合う流れもできていくわけです。

 

合う、合わないの好みはあるでしょうが、

「面白そう」と思う方は

ぜひ小説で読んでみてはいかがでしょうか。

 

[常識転換の読書術]

限界に挑戦する力

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このコロナ禍で3回目になります。

医療従事者への応援と、東京オリンピック。

そして今回は、パラリンピックの開会で、

またも家の頭上に「ブルーインパルス」がやってきました。

ただ、今回、前2回と、ちょっと位置がずれたのか。

通りの真上でなく、

住宅地のほうに寄っていたんですね。

写真も残念ながら

電線の上に引っかかってしまってます。

 

前と違って天気も悪かったのですが、

さすがに3回目で夏休みにもかかっていたからか、

今回はいままでよりはるかに大勢の人が

通りに出ていました。

それで角度の悪さにガッカリしたかと思いきや、

皆さん手を叩いて喜んでいましたね。

 

ブルーインパルスの力、やっぱりスゴいなぁ。

 

考えてみれば、そもそもは「兵器」なんです。

 

高いお金を出して戦闘機を買うとか、

つくるとか言えば、皆が大反対をする。

そういう存在にあるものです。

 

でも、使い方によっては、

大勢の人が元気を失っているときに

皆に希望を見せることができる。

 

もちろんそうでない人もいるでしょうが、

観るために集まっている人たちの顔を見ると、

みんな耐えながら頑張っているんだなと

あらためて自分にもパワーが湧いてきますね。

 

今回、ブルーインパルスが描いていたのは、

「スリーアギトス」と呼ばれる

パラリンピックのシンボル。

赤・青・緑で示されますが、

「アギト」とはラテン語で

「行動する」という意味だそうです。

 

私もかつてパラリンピックの選手に

話を聞いたことがありますが、

みんな普通なら諦めざるを得ないような状況で、

「そうしたくない」と奮起し、

不可能を可能にした人たちです。

 

残念ながらコロナ禍での開催になっていますが、

できる限り私たちもパワーを得て、

困難な時代を乗り切っていきたいですね。

 

[公私混同の時間]

久々の「らがん」生活

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本日、病院にて再び

白内障の手術後の目を見てもらい、

経過は順調とのこと。

保護メガネを外すこともできました。

 

ずっと辛かったのは、

「濡らしてはいけない」とのことで、

この暑い中でシャワーやお風呂が

厳禁だったんですね。

やっと人前に顔を出せるようになった次第です。

 

ただ、あまり考えていなかったのは、

手術後、いままでのメガネが

使えなくなってしまうということ。

 

そりゃあ瞳の奥に人工のレンズを入れるのですから、

視力も変わりますよね。

「新しいメガネをつくるまで、

外を歩くのに前のメガネが使えないか?」

と先生に聞けば、

「度の合わないメガネは、

視力が落ちてしまうのでやめてほしい」

とのことでした。

 

でも「なんか不安だな?」と思っていると、

「今日、ここに来るときはどうでしたか?」と。

 

本日は朝に、夕立のような雨が降っていました。

少し暗かったのですが、20分くらいの道のりを

保護メガネをかけた状態で

家から歩いて病院に来ています。

 

確かに度の弱い保護メガネでも、大丈夫だったけど。

ん……?

「この保護メガネって、度は入ってないんですか?」

 

ただでさえ視力が弱い上に、

右目が白内障になってからは、外を裸眼で歩くなど、

自分にはなかなか難しい状態でした。

 

それが手術後の保護メガネをかけた状態で

ごく普通に見えて歩けているから、

視力が矯正されているものと誤解していたんですね。

それくらい手術によって、目はよくなっていたわけです。

 

それでも帰りは不安だったのですが、

考えてみれば、検査のために瞳孔を開いたあと。

しばらくすると、裸眼でもだいぶ

普通に生活できるようになりました。

 

実質、視力は0.2くらいとのことなので、

新しいメガネを、これから作らなければいけません。

車にも乗れませんし。

 

とはいえ、せっかくだから

裸眼でできる限りは、生活してみたい。

30代くらいまではそうしていたし。

 

これから夏川は、

メガネなしで登場する機会が

ひょっとしたら増えるかもしれませんね!

[公私混同の時間]

「山の民」を世界がどう守っていくか?

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画像の青い石、その昔、

古代エジプトの歴史を学んだ人間には、けっこう馴染み深い。

「ラピスラズリ」ですね。

日本語では「瑠璃」と呼ばれる石に含められます。

 

モーゼが神から授かった「十戒」も、

「この石に掘られたのではないか」

という説があります。

それくらいエジプトやメソポタミアの古代国家では、

神聖視された石でした。

 

その産地が、いま世界的な問題を引き起こしています。

これが「アフガニスタン」なんですね。

 

希少な石がとれる場所。

どこの国も自分の支配下に置きたい。

さらに交通の要所ということもあり、

古代文明の時代から、

一貫して大国が奪い合う地であり続けました。

 

実際、この国の歴史をずっと見ていけば、

だいたい時代によって

「インドの王朝」か「イランの王朝」の

「どっちに属しているか?」

という話でしかありません。

 

それだけ果てしなく繰り返される

他国の侵略戦争の犠牲になってきたわけですね。

 

そもそも「アフガン」とは、「山」。

住んでいるのは「山の民」で、

世界の他の場所のように、

「生きるためには国を作るべきだ」なんていう

概念がありません。

 

それでもアジア大陸をモンゴル人が席巻し、

それを継いだ「ムガール帝国」という

インドのイスラム教国家が崩壊した18世紀〜19世紀に

一種の空白時代ができます。

 

そのときに、

「私たち山の民も国をつくろうよ!」と

生まれたのが現在の

「アフガニスタン」であるわけです。

 

ただ、すぐこの国は

帝国主義を掲げたイギリスに支配され、

大戦後はソ連とアメリカが奪い合い。

両者が戦いに疲れたころに、

復讐心に燃える「タリバン」のような

原理主義グループがはびこることになりました。

 

ようするに、そもそもは

世界のルールから外れた空白地帯。

そこに外部から、いろんな野望が持ち込まれるから

何千年もの間、おかしくなっているわけです。

 

だとしたら、おかしくした当事者たちが責任をもって、

「この地を皆で守っていこうよ」と取り決めるしかない。

さんざん荒らしたあげく、

「あとは勝手にやってね」では、どうしようもありません。

 

貴重な世界的遺産も実際は多い場所。

いつか行きたいとも思います。

平和的な解決を望みますね。本当に。

 

[仕事ができる人の歴史入門]