「ことばの価値」を見直そう!

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画像はその昔の昔、私が書いた
『成功者に学ぶ「心をつかむ」言葉術』
という本。

荒削りだったけど、そこそこ評価された本
……だったと思いますが、
5月18日は「言葉の日」なんだそうです。

5(ご)+10(とう)+8(は)、
「ごとうは」→「ことば」と少しムリヤリですが、
「正しい言葉遣い」について学ぼうことを
皆に問いかける日とされているとのこと。

「言葉を使うこと」を仕事の糧としている私としては、
非常に重く考えなければいけない日……となりますよね。

ただでさえ、ネット上では言葉が氾濫し、
匿名な人の本当か嘘かわからない言葉が
影響力を持ってしまう世の中になっている。

また、誰かの言葉が簡単に流用され、
AIのようなものを使って、
言葉の選択すら機械に任せになろうとしている現在、
私たちにとっての「言葉を使うこと」の価値は、
本格的に再考していかなければならない状況に
なっているような気がしますね。

そもそも「ことば」という“言葉”の
語源がどんなものか知っていたでしょうか?

日本人というのは、
「口から出てくる発言の力」を非常に重んじていた民族です。
だから「呼び名」と、
唱えてはならない「本名」はハッキリと分けていたし、
ネガティブな言葉を発すると現実に起こってしまうから、
決しては「言ってはいけない」とされてきた。

正式な言葉で「天気が晴れる」と言えば、
実際に晴れるし、
「実り豊かな季節がやってくる」といえば、
その通りになる。

だから「自然の恵みや世の素晴らしさを歌うこと」が、
皇族や貴族の仕事となっていったわけですね。
奈良や平安の世の中においては、
彼らが太平の世を言葉で表現すれば、
「その通りの平和な世の中になる」と
本気で信じられたわけです。

ただ、そんなふうに口から出てくる言語が、
すべて現実化していったら世の中が混乱してしまいます。

だから、もうちょっと「普段に口から発せられること」は、
軽はずみで言ったことが現実化しないよう
力を抑える必要があると考えた。

そこで「言ったこと」の中でも
「端(は)=些細な部分」という意味で
普段使いの「言葉」という表現を作ったのだそうです。

それだけ「言葉を言うこと」の力を
重んじていたゆえに、そうせざるを得なかったわけです。
だんだんと「ことば」という表現は、
時代を経てあらゆる表現に使われるようになりました。

ところがネット時代になり、
「言葉の価値」というのは、どんどん落ちている気がします。
それは実際、ライティングとかコピーライトとか、
言葉を使うプロの仕事の価値にも反映されています。

ただ、人を動かすのにも、売上を上げるのにも、
言葉の力が重要なのは、
今も昔も変わっていないと思います。

AIが普及し、言葉の敷居が下がるからこそ、
これから独創性のあるオリジナルな言葉の価値は
求められるのではないか?

そういうことを信じ、
私も言葉の価値を高めるために
何かできることをやっていきましょう!

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