謎のキャンペーンには、のっかるのが得!?

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こちら、地元のドン・キホーテで

安くキャンペーンをしていたので買ってしまった

何だか、わけのわからない商品。

「明星チャルメラ」の「宮崎辛麺」。

しかも「進撃の巨人」バージョンです。

 

ただ男の子であるはずのアルミンが

キャビンアテンダントの格好をしていて、

硬派のヒロインのはずのミカサが、

猫の耳をつけているのが、あまりに怪しい……。

 

それでも漫画の連載終了を記念した

公式なコラボだとのこと。

今年の5月から発売されているんですね。

シリアスに終わったわりには、

ふざけた企画をよくやるものですね(笑)

 

それはまあ、理解した。

でも、「宮崎辛麺」とは何なのか?

 

こちらは宮崎県の延岡が発祥の

トウガラシが入った

かなり辛いラーメンだとのこと。

 

食べてみれば、感想もなにもない。

ただ、辛い……。クシャミが出てきます。

なんかとんでもない味です。

 

ただ、半分まで我慢できなかったのですが、

一緒についている「味変パック」というのを追加で入れると、

味が非常にまろやかになります。

トマトベースのスープで、

これはこれでアラビアータみたいな感じで美味しいかも。

自分は最初からこの味だったほうが嬉しかったな。

 

でも、こんな機会でもなければ、

ひょっとしたら味わうことはなかったかもしれない料理。

安くなってもいましたし、

世の中を知る意味では

チャレンジしてみるのも面白いですね。

 

ただ、ドン・キホーテはたまに、

こんなふうに特別な味の商品を大量に仕入れ

安売りのキャンペーンをしています。

でも、どういうわけか

「激辛」の商品が多いんですよね。

大量に売れ残るのだろうか。

 

基本、この「激辛」商品の多くは、

食べてみて後悔することが多くなります。

今回はギリギリですが、

数少ない「当たり」の部類でした。

 

[公私混同の時間]

憧れの「勉強屋」さん

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「職業は何かと聞かれれば、勉強屋だった」

こちらは作家、立花隆さんの言葉。

4月30日に亡くなっていたことが、

本日、明らかになりました。

80歳だったそうです。

 

思えば私も、たくさんの本を読んだな……と思います。

『「知」のソフトウェア』、『脳死』

『サル学の現在』『臨死体験』などなど。

ところが書棚を見ると、

1冊も見つからない(苦笑)

 

ただ、そうした

一過性の読み物という性格こそ、

この方の特徴なのかもしれない。

私はずっとこの方の仕事スタイルに

憧れてきました。

 

編集者、作家、その形は様々あります。

それぞれ理想とするところはあるのでしょうが、

この方は自分で言っているように

その分野のことを一生懸命に勉強して

興味をもっている読者に

わかりやすく伝えることが主。

 

だから自分を「勉強屋」と呼んでいるわけですね。

 

その点で、立花さんはどの分野でも

「専門家」ということはない。

また専門家に取材をし、事実をありのままに伝える

「記者」というわけではない。

 

あくまで勉強した成果をアウトプットして読者に伝える

エンターテイナーなわけです。

ただ、その仕事があるから、

読者は「知らなかったこと」に興味を持ち、

難しい分野のことでも、

自分が使える知識に落とし込むことができます。

 

そんな活動で世に認知された大先輩がいたからこそ、

たとえば私のように

大企業の経営者をやったわけでもなく、

あるいはコンサルタントをしたわけでもない人間が

ビジネスの本を書ける。

歴史や科学の専門家でもない人間が、

その分野の本を書ける。

 

お会いしたことはなかったのですが、

私のような仕事をしている人間に

「いいよ。その調子で頑張っていいんじゃない!」

と、言い続けてくれている方のような

そんな存在だったわけです。

 

とうとうそんな大先輩も

世を去ってしまったというわけですが、

出版の仕事の多様性が失われないよう。

少しでもその功績を大きくするために

私もまだまだ頑張っていきたいな……と思います。

 

ありがとうございました!

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

復活の豊川稲荷

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先日、赤坂見附に行ったとき、

豊川稲荷が16時で閉鎖してしまい、

お参りもできなかった、という話をしました。

今日はそのリベンジ、

3時前なら大丈夫だろうと訪ねてみれば、

緊急事態宣言が解除されて

夜まで開いているようになっていました。

よかったですね。

 

それで久々になりますが、豊川稲荷。

「東京別院」ということで、本山は愛知県にあります。

 

いつもここに来ると、

「どこにお参りするべきなんだろう?」

と迷ってしまうのですが、

優先すべきは正面のお寺です。

 

そう、本来ここは

「妙嚴寺(みょうごん)」というお寺で、

お稲荷さんを祀った神社ではありません。

 

じつは本来、祭っている神様も、

「ダキニ天」という

インドの怖い女神さんなんですね。

人を喰らうとされるダキニさん。

これがどうしてお稲荷さんになったとかといえば、

日本では「狐に乗った女神」の姿で

描かれるようになったから。

 

そもそもが戦の神様でしたから、

鎌倉時代から戦国時代にかけ、

ダキニさんは武士たちに「縁起がいい」と

愛されるようになります。

 

その流れを受け、江戸時代になってから

この神様を崇拝したのが

かの「大岡越前」さんです。

自宅の庭に愛知から神様を呼び寄せ、

わざわざ祠をつくった。

それが赤坂の「東京別院」の起源になっているんですね。

 

そもそも庶民の人気が高かった大岡越前さんです。

せっかく祠をつくったのだから、

お参りさせてほしいと、

ここにはどんどん人が集まるようになります。

 

しかも近くで取り潰しになるようなお寺や神社があれば、

「こっちの神様も引きほしい」と

新しく祠をつくったりするから

どんどん神様自体も多くなっていきます。

 

結果、「神様のデパートであって、本体はお寺」という

妙な聖域が生まれたのですが、

何よりここでお参りすべき対象は、

太っ腹の大岡越前さんなのかもしれません。

 

ちなみにこちらは「代々の奉行家」であって、

1人の人物ではないようです。

[仕事ができる人の歴史入門]

気づけば町は、ツバメ天国

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画像は港区の公共施設である

「いきいきプラザ」の1つ。

平常であれば、

私たちが「賢者の会」の勉強会で

会議室を使用させていただいていた施設に当たるところですね。

 

コロナ禍ですっかり私たちは利用できていません。

でも、その代わり、

しっかり利用している子たちを本日は発見……。

 

ホントに窓から手が届く場所ですよね。

中にはしっかりヒナたちもいるようです。

今年は人間の活動が少ない分、

鳥が多いな……というのは、

先日に6月でも鳴いているウグイスを

紹介したときに述べました。

 

では、毎年来ているツバメはどうなのか?

といえば、

私が住んでいるところだけかもしれませんが、

異常に多いです。

 

とくに毎年、どこかに巣がつくられる

目黒通りに関しては、

6月になって、天気がいいときに上を見れば、

必ずどこかにツバメが飛んでいます。

 

飛行機はなぜかコロナ禍でも現在、

頻繁に飛ぶようになり、

かなり上空近くを飛ぶようになった。

音がして上を見れば、

一緒にやはりツバメが飛んでいる。

 

家の近くでも普通に見るようになり、

スズメと一緒に、電線にいたりする。

蝶や蜂以上に、その姿は見るようになっています。

やはりコロナになってから

人間は少しおしのけられているのかも……。

 

ただ、昔からツバメが大量に来るのは

「縁起がいいこと」とされています。

 

ツバメは虫を食べてくれる「益鳥」

ということで、

とくに家の軒先などに巣を作ろうものなら、

「商売繁盛が約束されたもの」と

家族皆で喜んだそうですね。

ちょっと糞の片づけが面倒になりますが。

 

ならば夏になり、

人間の活動が活発になったあとも、

できるだけ彼らの活動は邪魔しないように。

 

これが経済再生を、

ぜひ暗示するものであってほしいですね。

 

[公私混同の時間]

異常な経理も、もう終わり!?

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日曜日の夜、

久々に経理関係の領収書をまとめる

けっこう単調な仕事をしていたら、

いつのまにかソファで眠ってしまい、朝になっていました、

どうも私は、

この作業が苦手ですね(苦笑)

ただ幸いにも、

領収書の事務作業にかかる時間は

かなり短くなっています。

というのも、コロナ禍になってから

領収書がまず出ない……。

収入の少ない分、経費もかからない

何とも存在感の薄い経済活動になっております。

 

実際、まずはすでにまとめている

1月や2月の領収書をファイルしようと、

バインダーを買ってきたんです。

 

ところが税理士さんにチェックしてもらい、

戻っているはずの領収書が、まったく見つからない。

決算の終わった昨年分は、ちゃんとあるのに!

おかしいな……。

 

ないのは当たり前で、よくよく見れば、

今年になってから1度も、

領収書の整理をしていませんでした。

2021年の出納帳データだって、

エクセルで作成されていない。

今年になって初めてだったんです。

 

そんないい加減でいいのか……と、

普通は思いますよね。

例年だったらそんなことがあるわけがない。

なんせ1月からの領収書ですから、

ストックしている箱が一杯になり、

整理しないと保存できません。

 

ところがコロナでお金を使う機会が少なくなり、

あるのは税金の領収書くらい。

外食のレシートはなく、交通費もかかっていない。

通常なら本屋さんでもらうレシートも、

コロナ禍にはアマゾンで買って

メールで来ているものばかり。

 

決算のため、領収書の類いは

A5の紙にのり付けしますが、

いつもは裏表に貼って、

ひと月分は4枚から5枚くらい。

 

でも、コロナになってから、

この枚数が月1枚になっています。

 

それは経費削減でよろしいのですが、

収入が減ってしまっているから

嬉しくもなんともない。

補助金をもらって、それが税金に消えて……と。

やればやるほど寂しい

経理業務になってしまっていますね〜。

 

まあ、とにかく緊急事態も終わり、

もう二度とこれが

かからないことを期待している現在。

 

健全にお金を稼いで、

健全にお金を使用できる日々に、

戻していきたいものですね。

 

動き出しましょう!

 

[公私混同の時間]

日本で一番最初の「元号」は?

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昨日の6月19日は「元号の日」だったそうです。

 

現在の「令和」にいたるまで、

日本では248の元号が制定されたと言われています。

 

旧暦ではありますが、その最初の年号が

6月19日に制定されたわけですね。

 

ちなみに、その年号、

何だったかわかるでしょうか?

ヒントは画像!

日本史を思い出してみてください。

私の世代であれば習っているはず。

「天皇が元号を定める」という慣例が

成立した事件と言えば?

 

そう、最初の元号、「大化」なんですね。

 

中大兄皇子(のちの天智天皇)と、

彼が擁立した孝徳天皇らが、

日本最初の元号を制定しました。

 

するとこの日は、

「大化の改新」が起こった日……となるのですが、

少しこれが今はややこしい。

 

「大化の改新という歴史的事件はなかった」

ということで、

今は学校でこの名が使われないとか。

 

ご存じの通り、大化の改新は、

中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足が結託し、

当時、権力を手中にしていた蘇我氏を討って

天皇中心の世にする政治改革を

成し遂げた一連の政変とされていました。

 

画像は蘇我氏の象徴、石舞台古墳ですね。

蘇我氏全盛期、蘇我馬子の墓と言われています。

 

その孫、蘇我入鹿は討たれ、

確かにクーデターは起こったんです。

645年、今これは

「乙巳(いっし)の変」と呼ばれています。

 

ところがその後、都が移されたり、

元号ができたり、大宝律令ができたり……と

そこまでの大改革は、

実際なされなかったんじゃないかと。

そこで「大化の改新」という呼び方が

変更になったわけですね。

 

ところが、この遷都してなかったと思われた

難波宮(難波長柄豊碕宮)が発見され、

認識は大きく変わります。

大改革が実際に行なわれたのではないか……と。

 

そこで現在のところは

「大化の改新」は起こってなくても

元号の日で確かに最初の

「大化」が制定されていると

解釈されているようです。

別に「大化の改新」と呼べばいいのにねえ。

わかりやすいし。

 

とにかく1376年間、

私たちが当たり前にしている

お約束がこの日に生まれている。

西暦とあいまって、

つい元号で何年だったかは忘れがちになりますが、

それが歴史なんだと認識して

不便を誇りにいたしましょう。

 

[仕事ができる人の歴史入門]

ご近所の「武家屋敷」

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本日は港区の「郷土歴史館」へ。

『江戸の武家屋敷』という

特別展示を観に行ってきました。

 

じつは毎日のようにこの前を通っていて、

しばらく前にコロナ閉鎖が解け、

再開されていたのも知っていました。

ようやく時間をつくって立ち寄った次第です。

港区といえば東京の中心ですが、

江戸城に近いこともあり

多くの大名が藩の屋敷を置いていました。

 

伊達家、島津家、細川家、大久保家、池田家、

保科家、毛利家……と、

あげていけばキリがないのですが、

今回はそれらに関係する資料の展示。

 

実際、お屋敷の名残は現在も残っていて、

それが時代を経て

「東京ミッドタウン」になったり、

「汐留ジオサイト」になったり、

各地の公園や学校になったりしているわけです。

 

その痕跡を見るだけでも

案外と面白かったりしますね。

あそこ「お屋敷だったんだ」なんて。

画像の絵葉書は、

クイズに答えるともらえる1枚ですが、

東京タワーの近く、赤羽橋にあった

「水天宮」です。

 

水天宮といえば、

今は日本橋のほうにありますが、

最初は久留米藩の武家屋敷に隣接して

地元から持ってきた施設。

ここに当初はつくられていたんですね。

知りませんでした。

 

興味ある方はぜひ、穴場かもしれませんよ!

 

まあ、区の郷土博物館で

展示自体はさほど多くありません。

 

ただ、この建物、

旧「公衆衛生院」をそのまま利用し、

常設展もかなり広くの階にわたって

配置されています。

 

だから行ったり来たりするだけで、

案外と骨が折れる(苦笑)

緊急事態宣言解除前の、

いいリハビリになったかも。

 

お隣はもともと一体だった

「東大付属医科学研究所」ですが、

コロナが蔓延してからずっと

一般人には閉鎖状態です。

 

お散歩コースであり、ジョギングコースであり、

普通に「近道」であったこの場所が、

早く通れるようになったらなあ、と

強く思いました。

 

[公私混同の時間]

ようやく夢に見たこれが戻ってくる……のかな?

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画像は2020年10月の京都

……までさかのぼって持ってきたものですが、

長らく忘れていました。

外食しておいしいご飯に、ビールがある喜び。

 

まあ、おそらくは

7時までになるのでしょうが、

それでもやっと公式にOKとなるのか?

 

長かった緊急事態宣言が20日に解除になるようです。

いろいろ問題は承知ですが、

一応は私たちの努力と予防接種の結果ですから、

取りあえずは喜びましょう!

当然ながら、大騒ぎはいけない。

夏に開催されるオリンピックに向けて

私たちは粛々と自制しながら、

バランスをとって

経済活動を前進させることになります。

 

ただ、このところの議論には

少し違和感を持っているんです。

 

というのも、コロナの感染に対して、

日本にやってくるアスリートや、

その関係者たちがウィルスを持ってくる

……ということは、あまり恐れなくていいとのこと。

 

予防接種に加え、検査体制をしっかりするうえ、

民間人と接触する機会は原則的につくらない。

ならば、そういうことなのでしょう。

 

ただ問題は、オリンピックで盛り上がった人々が

騒いだり、どこかへ出かけたり、

飲みに行ったりして、感染拡大させること。

だから、

「オリンピックをどれだけ規制するか」が

焦点になっているわけです。

 

でも、これよくよく考えると

変じゃありません?

 

「おい、俺たちを喜ばすなよ!

だって喜んだら、騒ぎたくなっちゃうじゃん!」

「ダメダメダメ、私たちを楽しませないで……」

 

だからいろいろなことをやめようと、そういう話ですよ。

これを真面目にマスコミが

「それは危険だ、もっと規制すべきだ」

と言うのも、なんかおかしい気がする……。

だって本当は

「嬉しいのはわかるけど、喜び方は考えましょうね」

と諌める側の立場ではないのか……?

 

でも、本当に哀しむべきは、

このコロナの2年間でそれだけ私たちは、

「信頼できない存在」になってしまったんだ

……ということかもしれません。

 

「だって、お前ら抑制なんてできないでしょ?」

「年末だって、お花見シーズンだって、ダメだったじゃない?」

 

哀しいかな、これが現実なのか。

でも、いつまでも国民が

「信頼できない存在」であるなら、

本当の意味での経済再開なんて

ありえないのではないだろうか?

 

幸い、予防接種が始まったことで

私たちにも余裕が出てきました。

今までのようにコロナ対策も

「厳格な人」と「ゆるい人」で、

激しく対立するようなことも少なくなる気がします。

1杯のビールなど、感染リスクの小さいことに

イライラしながら気を遣うことも少なくなるでしょう。

 

そんなこれから、私たちも客観的な立場で、

公共のために何を我慢し、

どんなふうに日常を楽しむかを

無理なく考えていけたらいいですね。

 

行動に規制がかかるのは仕方がない。

でも、「喜んではいけない」という感情に規制がかかるのは、

未来にとってよくはありません!

 

[コロナ後の未来へ]

梅雨のウグイス……今年はどうなっているの?

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画像は近くにある公園の木々ですが、

梅雨入りした後の、新緑。

でも、このどこかにウグイスがいるんです!

同じような投稿を、

私は春先にしたような気がします

家は東京の港区ですから、

毎年ほとんど、ウグイスなんてやってきません。

 

でも、今年は「ホーホケキョ」の声。

珍しいな!……と

戻ってきた自然に感動しました。

ところが一体どういうことなのか?

このウグイスたちが、

梅雨入りした6月になっても

いまだ近所で鳴いているんです。

 

しかも、こんな森のあるところだけではありません。

つい先日も、家の軒先で

大絶叫しているヤツがいました。

あまりのやかましさに、

漫才ブームの頃の誰かを思い出したくらい(笑)

 

でも、6月に東京で鳴いているウグイス。

今年は何が起こっているのだろう?

調べるとウグイスは「渡り鳥」ではなく、

「留鳥」と呼ばれる鳥の仲間です。

 

ふだんは山などの高地にいますが、

3月からころに町などに下りてきて、

そこで豊富な食料をとり、産卵をしたりする。

子育てを終え、

だいたい4月には戻っていきます。

 

ところは下りてきた環境がよかったりすると、

「しばらくここにいるか」と、

6月、7月、8月と、

居ついてしまうことはあるらしいですね。

 

でも、そんなに今の東京は

ウグイスが住みやすい環境なのか?

 

気候が特別に涼しいかといえば、

そんなことはない気がします。

ただ、今年に限ってで特別に言えるのは、

やはりコロナ禍で人の活動が少ないことでしょう。

 

私たちは毎日のように

「緊急事態宣言下で、東京の人の出が増えています」

なんてニュースで聞くから、

あまり人間活動の低下を意識しません。

 

ところが確実に少なくなっている車の交通量や、

飲食店で出るゴミの量が減り、

そこに集まるカラスも減る。

公園などで遊ぶ子供たちも減っています。

 

そうした状況の積み重ねが、

ひょっとしたらウグイスの住みやすい東京を

つくっているのかもしれません。

いいことなのか、悪いことなのか、

少し微妙ですが。

 

いずれにしろセミの声と

ウグイスの声が重なったりしたら、

それはそれでスゴいのかもしれない。

もう少し彼らには、

この地でねばってもらいたいですね。

 

[公私混同の時間]

ようやく手に入った小さな安心

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画像は白金高輪駅にある「タリーズ」ですが、

本日はここで母親から

コーヒーとドーナツをご馳走していただきました(笑)

なぜかお客さんのほとんどは

パソコンを出して仕事をしていたり。

そこに混じった親子も何となく異様ですが、

じつは2回目の予防接種の帰りです。

 

会場は、この駅と地下でつながっている港区の施設。

おそらくはすでに2回目を打った人は、

全国的に少ないでしょう。

おまけに2回も律儀に付き添った人は

あまりいないかもしれませんが、

母親と足と目が悪いので仕方ない。

 

あまりに注射したあとで

ピンピンしているのが気になりますが、

とにかくこれで、

おそらく母親には新型コロナに対する

免疫ができたのでしょう。

ありがたいことでございます。

会場は同じですが、

1回目のワクチンと2回目を比べると

いろいろ変化がありました。

 

問診するお医者さんと

接種をする看護士さんのペアは

1回目は2組。

2回目になると3組に増えています。

 

一方で接種を受ける人は、

おそらく前の4倍から5倍はいるのではないか。

2回目の人と1回目の人が

混在していたこともありますが、

それだけ大勢の人を回すよう強化したんでしょうね。

騒然とした状態でした。

1日でどれくらいさばくのだろう……。

 

やはりかなり頑張ってワクチン接種を

進めようとしている意志は伝わります。

 

とにかく母親は、高齢なうえに病気持ち。

ですから自分が感染して

コロナをうつすようなことがあってはいけないと、

結構いままで神経を使っていました。

 

それが少しラクになる……というので、

私も少し自由に外出できるようになりそうですね。

妹や甥も訪ねられるのではないか。

 

いろいろワクチンに対する意見は

あるのでしょうが、

周りの人の安心感は大きく変わります。

その効果はマスク以上なのでしょう。

 

これによって今の閉塞感が

徐々に解放されていくことを期待したいですね。

 

[コロナ後の未来へ]