忘れられた雛人形への想い
- 2026/3/3
- できる人研究所

3月3日、「ひな祭り」ですね。
画像は片付けをしている際に、
家から出てきた小さな、ひな人形たち。
ちゃんと5段あるのは、すごいですよね。
ただ業者さんには引き取ってもらえず、
廃棄になりました……(涙)
でも、一体誰の所有物だったのか……?
私にはこの小さな雛人形が
家で飾ってあった記憶がまったくなかったのですが、
祖父と祖母の代とすれば、娘たちは皆、
幸福な結婚をしています。
十分にお役目は果たしていそうですね。
もともとひな祭りは、
平安時代には成立していたという
「上巳の節句」というお祭りで、
女の子の幸福を願ったお祭り。
5月5日の「端午の節句」が
男の子の将来を願う祭りだったのと、
対になっていたようです
ちなみに本当はどちらも「旧暦」の話で、
「桃の節句」と言われるのは、
桃の花が咲く時期だったから。
さすがにこの時期では、咲かないでしょうねえ。
ただ、平安時代は男女平等だったのですが、
武士の時代になって、
男の子の儀礼ばかりが、
大事ごとになっていきます。
侍社会では、
やはり男でないと家を継げない……ということで、
家の一大事ではあったのでしょう。
ただ、その一方で、
江戸時代の頃から「ひな人形」などの
幸せを願うアイテムは、発展していきます。
どうしても運によって左右される
旧時代の女性の人生。
だから男性社会における
「罪の意識」のような形で、
ひな人形は作られていきました。
でも、その一方で、
創業150年にいたるような
江戸からの老舗というのは、
平気で女性が家督を継ぎ、
婿養子をとったりして繁栄を続けています。
「男系」にこだわるのは、
むしろ明治以後になってから。
今は必ずしも「婚礼」が幸福でないとすれば、
ひな人形にも、いろんな形が
あってしかるべきかもしれません。
女の子が幸せであるとともに、
人形文化もまた、永遠であってほしいですね。




