クラウゼヴィッツの説く「戦争」の終わらせ方

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「戦争は決して激しい情熱に突き動かされて
行なわれるべきものでなく、
政治的な目的によって冷静に決断されるべきものだ。
戦争によって失われる犠牲の量も、
政治的な価値を秤にかけたうえで
慎重に判断されねばならない」

「この政治的に価値判断されるべき犠牲には、
『失われるもの』だけでなく、
『失われる時間』も含まれる。戦力の消耗が
『失われるもの』や『失われる時間』に釣り合わなければ、
いかに戦闘において成果を出していたとしても、
現実の戦争では講和を考える必要が出てくる」

こちらは私が現代語訳した、
クラウゼヴィッツの『戦争論』より。

「孫氏の兵法」とともに、
現在も「戦争」という戦略を実行する上での
バイブルとなっている書……ですが、
クラウゼヴィッツがこれを解いたのが、
19世紀のこと。

時代が変わり、使われる武器も、
戦場の規模も、大幅に変化しながら、
陥る泥沼は、ナポレオン戦争のころと
あまり変わらない。

ようするに
・こちらは最強の軍を持っているから
犠牲は少なくて済む
・相手は弱いから、脅せばすぐに
降伏するのではないか
・とりあえず相手のリーダーを
真っ先にやっつけてしまえば、
あとは烏合の衆になるのではないか

こんな「憶測」だけで戦争を始めてしまえば、
あとで「人」「金」「時間」という
失うものによる負担が嵩んでしまう。

だから中国古代の孫子にせよ、
ナポレオンと戦ったプロイセンの
クラウゼヴィッツにせよ、
「できれば戦争は避けること」
「実行するならば、政治的な戦略として、
終わらせる道筋をしっかり固めてから
実行すること」を説いたわけです。

イランに対するアメリカは、
その点を怠っていましたね。
パールハーバーよりも、調略をつくした
日本の戦国武将の戦い方を学ぶべきだったのでは?

いずれにしろ、統治者たちは、
ほとんど「失うものなし」で
少々ヤケクソ気味になっている、今のイランです。

これを抑えこむには、
まだまだ戦力が大導入されることが
想像される状況です。

日本もいまや他人事ではなくなりましたが、
どこかで落としどころ探すように、
早くまともな世界になってもらいたいものです。

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