『戦争論』が教える「戦後」

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「人はいくらでも知性による判断を排除せずして、
物理的な暴力を行使することができる。
だから戦争において、流血を厭わずに行使できる側は、
それができない側に対して
容易く優位に立ってしまうだろう。
私たちは戦争を、
そういうものと理解しなければならないのだ」

「戦争とは野蛮なものであり、
私たちはそれを理解して
戦争という手段を行使する必要がある。
そうでないと戦争の本質が見えなくなる」

こちらは私が現代語訳した
カール・フォン・クラウゼヴィッツの
超訳版・戦争論』(ウェッジ)
よりの言葉。

戦争という「政治的選択」を理解するため、
それを行使するためにも、
あるいは防ぐためにも、
広く世界中で読まれている
19世紀に書かれた「古典」です。

多くの批判を浴びながら、
トランプ大統領が始めてしまった
イランとの戦争ですが、
ようやく停戦合意が成立したそうです。

ただ、これでトランプさんの思惑通り、
平和が簡単に戻ってくるか……といえば、
そうはいきませんよね。

強引な攻撃は、
民間人も含め、あまりに大勢の
死ぬべきでない犠牲者を出しました。
全国国民に無条件で愛されていたわけではありませんが、
イランは国のリーダーまでを失っています。

クラウゼヴィッツの言葉は、次のように続きます。

「人間の間の闘争は、
『敵対感情』と『敵対意図』という、
2つの異なる要素から成り立っている。
そのうち『敵対意図』はより一般的であり、
とくに文明国においては、冷静な打算と結びついている」

たとえば日本人がアジアにおける
太平洋戦争時の戦争を考えるとき、
最近多い、肯定派の人々は、
本やネットなどの情報から得た知識を持ち
「敵対意図」をもって
中国などの国に臨みます。

しかし向こう側にあるのは、
家族や知人を殺された恨みを
世代にわたって語り継いでいる
「敵対感情」であるわけです。

それはなかなか相手国の人間に
理解できるものでないし、
合理的に簡単にわりきれるものではない
ただ時間が経ち、収まっていくのを
待つしかありません。

ところが中近東のエリアを見れば、
イスラエルも含め、
現在進行形の「敵対感情」が
あらゆる地域に存在し、
これからイランはアメリカに対し、
またひょっとしたら同盟国である
ヨーロッパ諸国や日本にも
埋まらない溝を残す可能性もあるわけです。

むろんイランは一貫して
日本とは友好国だった経緯はありますが、
歴史的な伝統のある豊かな国。
これからの行方を見守りたいです。

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