
「我れ学のためには一身を犠牲にするも、
なお、これを辞さず、
世人小生を呼んで頓狂と称し、
恩少なく徳に背けりと云うも、
その世人の評に放任せん」
こちらは現在、
1000円札の顔になっています
北里柴三郎さんの言葉ですね。
1月29日は、その誕生日だとのこと。
1853年ですから、
今年で生誕173年になります。
しばしば医学のため、
あるいは患者の命を守るため、
政府の命に背いたり、
偉い先生を批判したりしてきた北里さん。
そのことを医学者であった作家、
森鴎外さんが批判したのですが、
「そんなこと私の知ったことではない」と
一蹴したのが、この言葉。
自分の仕事に要求されることを、
気概をもって実行していたわけですね。
画像は何度か紹介している
「コッホ・北里神社」。
北里研究所病の敷地内にありますが、
もともとは柴三郎さんが、
師匠であったローベルト・コッホ博士を追悼し、
神様として祀った神社。
欧米人を神様にした神社とは
珍しいのですが、
それだけコッホさんを尊敬していたんですね。
コッホさんといえば、
結核菌などを発見した
「細菌学の父」とされる人。
しかも当時は第一次世界の頃で、
日本とドイツは敵対していたのですが、
日本人の弟子を彼大切に育て、
コッホさんも師匠に、
最大の敬意を払っていたわけです。
いまは「日本人ファースト」とか、
「日本ファースト」という言葉に
多くの人が惹かれています。
でも、彼らが憧れる明治の偉人を見れば、
日本人だろうが他国の人だろうが、
あるいは敵対国の人だろうが、
自分にとって大切な人を大切にし、
どこの国の人に対しても、
自分にできる最大限の仕事をする……という
スタンスだったわけです。
今は退行してしまったのだろうか……?
それは決して誇りを失うということでなく、
他国もリスペクトできるからこそ、
自国にも誇りを持つことができるのだろうと
私は思います。




