復活の豊川稲荷

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先日、赤坂見附に行ったとき、

豊川稲荷が16時で閉鎖してしまい、

お参りもできなかった、という話をしました。

今日はそのリベンジ、

3時前なら大丈夫だろうと訪ねてみれば、

緊急事態宣言が解除されて

夜まで開いているようになっていました。

よかったですね。

 

それで久々になりますが、豊川稲荷。

「東京別院」ということで、本山は愛知県にあります。

 

いつもここに来ると、

「どこにお参りするべきなんだろう?」

と迷ってしまうのですが、

優先すべきは正面のお寺です。

 

そう、本来ここは

「妙嚴寺(みょうごん)」というお寺で、

お稲荷さんを祀った神社ではありません。

 

じつは本来、祭っている神様も、

「ダキニ天」という

インドの怖い女神さんなんですね。

人を喰らうとされるダキニさん。

これがどうしてお稲荷さんになったとかといえば、

日本では「狐に乗った女神」の姿で

描かれるようになったから。

 

そもそもが戦の神様でしたから、

鎌倉時代から戦国時代にかけ、

ダキニさんは武士たちに「縁起がいい」と

愛されるようになります。

 

その流れを受け、江戸時代になってから

この神様を崇拝したのが

かの「大岡越前」さんです。

自宅の庭に愛知から神様を呼び寄せ、

わざわざ祠をつくった。

それが赤坂の「東京別院」の起源になっているんですね。

 

そもそも庶民の人気が高かった大岡越前さんです。

せっかく祠をつくったのだから、

お参りさせてほしいと、

ここにはどんどん人が集まるようになります。

 

しかも近くで取り潰しになるようなお寺や神社があれば、

「こっちの神様も引きほしい」と

新しく祠をつくったりするから

どんどん神様自体も多くなっていきます。

 

結果、「神様のデパートであって、本体はお寺」という

妙な聖域が生まれたのですが、

何よりここでお参りすべき対象は、

太っ腹の大岡越前さんなのかもしれません。

 

ちなみにこちらは「代々の奉行家」であって、

1人の人物ではないようです。

[仕事ができる人の歴史入門]