[毎週配信メルマガ「賢者の会」通信はこちら]

 

先日、赤坂見附に行ったとき、

豊川稲荷が16時で閉鎖してしまい、

お参りもできなかった、という話をしました。

今日はそのリベンジ、

3時前なら大丈夫だろうと訪ねてみれば、

緊急事態宣言が解除されて

夜まで開いているようになっていました。

よかったですね。

 

それで久々になりますが、豊川稲荷。

「東京別院」ということで、本山は愛知県にあります。

 

いつもここに来ると、

「どこにお参りするべきなんだろう?」

と迷ってしまうのですが、

優先すべきは正面のお寺です。

 

そう、本来ここは

「妙嚴寺(みょうごん)」というお寺で、

お稲荷さんを祀った神社ではありません。

 

じつは本来、祭っている神様も、

「ダキニ天」という

インドの怖い女神さんなんですね。

☆

人を喰らうとされるダキニさん。

これがどうしてお稲荷さんになったとかといえば、

日本では「狐に乗った女神」の姿で

描かれるようになったから。

 

そもそもが戦の神様でしたから、

鎌倉時代から戦国時代にかけ、

ダキニさんは武士たちに「縁起がいい」と

愛されるようになります。

 

その流れを受け、江戸時代になってから

この神様を崇拝したのが

かの「大岡越前」さんです。

自宅の庭に愛知から神様を呼び寄せ、

わざわざ祠をつくった。

それが赤坂の「東京別院」の起源になっているんですね。

 

そもそも庶民の人気が高かった大岡越前さんです。

せっかく祠をつくったのだから、

お参りさせてほしいと、

ここにはどんどん人が集まるようになります。

 

しかも近くで取り潰しになるようなお寺や神社があれば、

「こっちの神様も引きほしい」と

新しく祠をつくったりするから

どんどん神様自体も多くなっていきます。

 

結果、「神様のデパートであって、本体はお寺」という

妙な聖域が生まれたのですが、

何よりここでお参りすべき対象は、

太っ腹の大岡越前さんなのかもしれません。

 

ちなみにこちらは「代々の奉行家」であって、

1人の人物ではないようです。

[仕事ができる人の歴史入門]

関連記事

ページ上部へ戻る