100年目の今日、確認すべきこと

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こちら、東京の両国にある
「東京都慰霊堂」という施設。

今からちょうど100年前の
1923年9月1日といえば
「関東大震災」が起こった日。

犠牲者は10万5000人という
膨大な数に及んだわけですが、
そのうち3分の1の3万8000人が
この地で亡くなっているとのこと。

そのために現在の「横綱公園」に
慰霊施設ができているわけですね。
この建物は後に戦争での被害者の慰霊も合わせ
現在に至っています。

100年のメモリアルということで、
各地では9月1日の「防災の日」に
避難訓練が行なわれると思います。
食料やグッズなど防災関連の備えも、
あらためて確認されるでしょう。

ただ、この地で亡くなった
3万8000人の人々は、
危機に対してきちんと対処し、
避難場所として指示されている場所へ、
落ち着いて避難してきた人々でした。

関東大震災の火災によって
巻き起こった巨大な炎の渦は、
その「避難場所」になったところを襲う。
皆が避難している「安全そうな場所」が、
逆に仇となったわけですね。

災害に対する知識は当時と比べ、
現在は格段に上がっています。
今の東京は当時ほど火災が広がりやすくないし、
消化技術も発展している……。
でも、決して「予想通りにならない」のが、
災害が起こったときの現実なのでしょう。

状況は目まぐるしく変わり、
「安全」と思われるところが、
いつのまにか最悪の
「危険な場所」に変わっていたりする。
だからこそ、当時起こったことから学ぶべきは
「臨機応変になる」ということであり、
「常識にとらわれない」
ということなのだと思います。

当時と現在で、一番大きな防災上の変化は、
何より情報ツールが発展したことでしょう。
ラジオですら貴重だった時代が、
いまは皆がスマホを持っている時代になっています。

けれども「災害に起こったときに
充電できるか?」とか、
「どこで最新の情報を知れるか?」とか、
「家族や知人間で共有できる
ネットワークを構築しているか」など。
いざという場合に活用できないシチュエーションは、
いくらでも想定できます。

その辺の確認を、
災害に対しては何よりしておくべきかもしれませんね。

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