何度でも何度でもよみがえる強さ

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1月1日の大地震から1週間が過ぎましたが、
被害の全貌が明らかになるとともに、
救助や復旧の困難さも浮き彫りになっています。

とくに被害が大きく、大変な地域に、
能登半島も先端、「珠洲市」がありますね。

なんせ、そもそもが本州から、
ものすごく行きにくい場所。
切り立った崖に、通る道も限られています。

ただ、大きな被害が明らかになるとともに、
この地の人々の強さも目立っています。
何より世界を驚かせたのは、
5日ぶりで救助された90代の女性ですよね。
本当に人の生きる力はすごいなと、思ってしまった。

そうでなくても、未だ支援が十分でないなか、
助け合い、寄り添いあって困難に対処している
珠洲市の方々はテレビでよく報道されています。

北の半島の奥の奥。
一体、この場所はどんなところなんだろう……?

じつはその歴史はものすごく古く、
はるか昔に神様がこの地を日本に縫いつけ、
鈴をもって、この地を統治とした
……という伝承があったんですね。

縫いつけたのは能登半島全体でしょうが、
突端に「須須(鈴=珠州)神社」ができました。

その後、平安時代に渤海国との交易が始まると、
多くの渡来人もここに住んだとか。
つまりは意外と古くからグローバル都市で、
文化的先進地域だった地域なんですね。

その後、この地域を有名にしたのは、
「珠洲焼」という陶器です。

石川県といえば、
何といっても「九谷焼」が有名ですが、
それが生まれるはるか前。

平安時代から室町時代まで、
当時、最先端だった技術を利用し、
窯でつくった美しい陶磁として重宝されたそうです。

戦国時代以後、長く消失していた珠洲焼ですが、
数十年前に復活しています。

窯元さんも生まれ、市も協力し、
資料館なども作ってアピールした。
それで500年の歳月を経過して復活したのですが、
じつは昨年にもあった地震で被害を受けていたんですね。

窯元さんもなくなり、これで途絶えるかと思った。
ところが多くの作家さんやファンの方々が協力し、
皆で「珠洲焼」を復興させていた途上だった……。
画像はそんな「珠洲焼」の公式サイトより、です。

でも、今回の地震、
やはり相当な被害を受けたのでしょうし。
通販も当然ながら、復活していません。

これから大変なのでしょうが、
珠洲市の人々の強さを見ると、応援したくなりますよね。

本当に全国からの支援が集まるとともに、
今まで以上の復興を願います。

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