左遷され、祟ったあと、ヒーローになり、受験生の神様になった人

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2月25日は、
「道真忌」と呼ばれる
菅原道真の命日(旧暦通りなら3月26日)で、
各地の天神様でお祭りが催されるとのこと。

今から1123年前の、
903年のことになります。

お祭りにはなっていますが、
政敵によって陰謀にはめられ、
九州に左遷されたのち生活も困窮し、
失意の上で59歳にての寂しい死……。

それで京では「祟り」が起こったのですが、
結果、太宰府天満宮をはじめとする
「天神様」が全国に鎮魂のため
できることになり、
菅原道真は日本でも他に例がないくらい、
人間出身ながら信仰を集める神様に
なっているわけです。

しかしながら、
道真さんがこれだけ信仰を集めたのは
祟りが怖いからでも、
頭がよく、文才があって、
学問の神様に相応しかったからでもありません。

実は800年くらいの歳月が流れた江戸時代に、
彼は「ヒーロー」として持ち上がられたんですね。

それが人形浄瑠璃や歌舞伎などの影響!
とくに有名なのは、新渡戸稲造さんの
武士道』でも紹介されている
『菅原伝授手習鑑』という物語です。

これは政敵に命を狙われた
菅原道真の息子を守るため、
家来が自分の息子を身代わりに立てて
殺されるように仕向ける話でした。

ハッピーエンドではまったくないのですが、
忠臣の見本として、
江戸の人々に感動を与えたものです。

ただし、これはフィクションで、
武士でもなく、貴族だった菅原道真に、
そんな生々しいエピソードがあったとは思えません。

しかし、武士でなく貴族……というのがミソで、
当時の武士にだって、
そんな忠臣を尽くす人などあまりいない。

それどころか道真は時の権力者にさえ、
公然とはむかって信念を貫こうとした
……ということで、
江戸のどんな武士よりも、武士らしい「鏡」だと
かなり話を盛り込んで尊敬されたんですね。

そんな理由でヒーロー化したことが、
現在にいたる「天神様」の普及へ
つながったそうなんです。
おそらくは「尊王思想」の
背景にもなりました。

やがて明治以後は「学問の神様」となり、
受験生たちの心をガッチリ
つかみことになります。

武士の見本となり、勉強の見本となり、
時代を超えてパワーが盛られていった天神様。
それもこれも、何があろうが考えを曲げず、
誠実に与えられた運命を
生き抜いたからこそなのでしょう。

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