
「今日は私の誕生日だ。
世間ではこれをお祝いする日としているが、
私の感情を素直に言わせてもらえば、
そんな気持ちにはどうしてもなれないのだ」
しばらくぶりに講義をすることになり、
読み返している拙訳書
『超約版・貞観政要』
(ウエッジ刊)
中国史上でも珍しい
平和で安定した時代を築いた
唐の皇帝・太宗と、
部下たちのやりとりを集めた世界的名著で、
リーダーシップの指南書として
多くのリーダーが参考した本ですね。
日本史上の人物では、
徳川家康や北条政子が、
この本をバイブルにしていました。
経営者も多く活用しています。
その本の中にあった、
「誕生日の言葉」を
私は超約版の最後のほうに
収録していたんですね。
皇帝の誕生日となれば、
あっちこっちからお祝いが届き、
国民も祝福するでしょう。
なんせ中国史上でも最高レベルで
庶民から愛された皇帝です。
でも、当人はお祝いする気には
まったくなれないと言う。
一体どうしてなのか?
「『詩経』には、『ああ、父よ母よ。
私を産んで、一体あなたたちは、
どれほど苦労したのだろうか?』
という一節がある。
そう、『誕生日』とは、
親にそれだけの苦労を
強いることになった日なのだ。
どうしてその日に、
宴会をして楽しむことが
できるというのか?」
そして皇帝は亡き両親を想い、
涙を流したとか。
なるほど、誕生日とは
「生まれた喜びに感謝する日」
であるとともに、
「背負った業や他人に負担をかけた責任を
思い返す日」でもあるんだな……と。
私も今日は恥ずかしながら
その日を迎えましたが、
産んでくれた親に期待された
最高の人生を歩んでいるとは、
とても言えない……。
しっかりそのことを噛み締めて
これからの新しい年を
精一杯に生きなければですね。
皆様どうぞ、ご鞭撻お願いします。




