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権之助と目黒の新橋
- 2026/1/30
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画像は「新橋」の上で撮った風景。
「新橋」といっても、
あの銀座のそばの新橋ではありません。
目黒川にかかる「新橋」。
「目黒新橋」と呼ばれています。
JR目黒駅の近くですが
中目黒の方向を見た景色です。
こうして河岸を見ると、
見事なアーチ構造になっていることがわかります。
向こうからだんだんと高さが増すアーチは、
やがて橋の下へと続く……。
何度も通っていながら
ずっと意識しなかったのですが、
よく見ると古代ローマの建築みたいな
美しい感じがありますよね。
この橋、土台は戦前の
1930年代だそうなので、
100年に近い歴史をもっています。
けれどもその前、
江戸の頃に最初の橋をかけたのが、
菅沼権之助さんという人。
そう、この橋から目黒方向に続く
「権之助坂」の
元になっている人物なんですね。
伝承によるとこの「権之助さん」という人、
もともと武士から農民になった方で、
この地域の名主になっていたそうです。
貧しい農村の多かったこの辺り、
交通できる道といえば、
現在の「目黒雅叙園」に続く
「行人坂」しかありません。
そこで私財を投げ打ち、
地元の農民のために街道を開き、
橋をかけた。
その橋が「目黒新橋」で、
開いた道が「権之助坂」と呼ばれるようになった
……というわけです。
でも、その大規模工事を
幕府に伝えなかったから、
「一揆を主導するかもしれない」と
権之助さんは処刑された、
という話もあります。
でも、江戸の頃とはいえ、
そんなことで死刑になるだろうか?
あるいは単に権之助は
ギャングのような反乱分子だったか?
あるいは死刑になったのは別の人かなど、
説はさまざまなようです。
いずれにしろ墓も残っている
権之助さん。
この名が忘れられることはなさそうですから、
大した功績を残したことは確かなのでしょう。




