【歴史入門】吉宗とゾウ

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4月28日は「象の日」なのだそうです。

1729年、江戸時代のことになりますが、
日本にやってきた象をはじめて
天皇が閲覧した日なんだそうです。

「時しあれは 人の国なるけたものも
けふ九重に 見るが嬉しさ」

早速、中御門天皇は、こんな歌を詠んでいます。
そもそもこの象を取り寄せたのは、
8代将軍、吉宗でした。

「南の国にはゾウ、っていうデカい動物がいるらしいぞ。
見てみたいよね?」
そんなノリだったのでしょうか。
さすが暴れん坊ですね。

そして当時の中国=清国の通信使経由で、
タイから象を獲得、長崎で冬を越したあと、
京都を経由して江戸へ向かったわけです。

京保14年にゴールデンウィーク……は
なかったでしょうが、
4月末から5月にかけて、京都から江戸へと
象の東海道下りが実現。

本当かどうか知りませんが、
「天皇が爵位を象に与えた」とされ、
この象は「広南従四位白象」と呼ばれて
全国で大ブームを引き起こしました。

じつはこれが「はじめての象」ではありません。

足利幕府、大友宗麟、豊臣秀吉、徳川家康
……と、過去4回、象は献上されているようですが、
あまり届いたのちの記録がありません。
飼育の知識もないから、すぐ死んでしまったんでしょうね。

しかし自ら興味を持って取り寄せた
吉宗さんは違います。

じつは「暴れん坊」なだけでなく、
「倹約」を政策として進めていた吉宗です。
すぐ象の飼育費負担は問題になったのですが、
それでも浜離宮に飼育舎をつくり、
10年以上にわたってこの象を可愛がり続けたんですね。

ただ、飼育係を象が殺してしまった事件も起こり、
ずっと買い手を探していた幕府。
やがて象は中野の豪農に引き取られますが、
それから数年で病死してしまったそうです。
来日してから15年のことになります。

死後、吉宗はこの象の皮から
「香象墨」なる墨をつくり、大切に保管したとか。

手のかかる友だったとはいえ、
大切な存在と感じていたのかもしれませんね。

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