ベートーヴェンの遺書

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「私を引き留めたのは、
ただ芸術だけであった」

こちらの言葉を言った、画像の人。
よく知られた音楽室にあるものと違いますが、
30代の頃の肖像画です。

3月26日は命日だとのこと。
死後199年ということですから、
来年はメモリアルになりますね。
ドイツの偉大な作曲家、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンさんです。

彼を記念し、この日は「楽聖忌」と
呼ばれる日になっているそうです。

この肖像画が書かれた30代の頃、
じつは彼は「遺書」を書いています。

音楽家として仕事をしていたウィーンから
ドイツにいる2人の弟に宛てたものですが、
表題の言葉はその中の一説。
実際、彼は自殺未遂もしているのですが、
大きい理由は耳の障害ですね。

すでに28歳の頃から最高度難聴者となり、
症状はだんだんと悪化。
40歳になったころは、
完全に耳が聞こえなくなります。

もちろん音楽家にとって、
これは致命的なことでした。

それ以外にも彼はアル中の父の下で生まれ、
生涯を通じて鬱に苦しみます。

けれども、彼は思いとどまってから
25年の歳月を生き、
代表的な曲はほとんど耳にハンデを背負ったまま
創り上げているんですね。

「第九」を完成したときなどは、
ほとんど耳が聞こえない状態でした。

絶対音感というくらい
彼の頭の中では完全な演奏が
再現できていたのでしょうが、
それにしてもスゴいことです。

人間はその気になれば、
いくらでも限界を突破した仕事を
成し遂げられるのですね。

ちなみに25年経った後、
ベートーヴェンは肝硬変で亡くなるのですが、
最後の言葉は、
「諸君、拍手をしたまえ、喜劇は終わった」
……と格好よくキメたつもりが、
そのあと出版社からワインが届いたことを知り、

「えー、おせ―よ!」みたいなのが
辞世の句になったとか(笑)

意外とこの人、晩年は楽しく
生きていたのかもしれませんね。

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