賢者の会〜記憶の中に残るあの町この町

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深夜にブラジル戦があり、
早朝にリモート勉強会で講義をした
6月30日の夜には、
「賢者の会」も開催しました!

「皆で1冊の本を作ろう」と
文章力強化を目指しながら、
月の課題として作品を描き続けているリモートの会。
いよいよ佳境に迫り、
来月は各々が書く
メーンテーマを考えてもらいます。

その前に今回の文章テーマは、
「記憶の中に残るあの町この町」というもの。

つまりは「思い出の場所」について書く
……ということで、
私が書いた文章をあとで紹介しますが、
あんまり上手くないかも。

実際、「文章でその場所を紹介する」のは、
簡単ではありません。
自分ではわかっていても、
その場所に訪れたことのない人は、
映像でイメージすることができないわけです。

だから抽象的にならず、
誰もが頭の中で風景を描けるように、
具体的でわかりやすい記述が必要になります。

上達したい方は、
小説などに上手な書き方を見つけ。
真似てみるようなことから
始めるといいかもしれませんね。

皆が書いた文章にも上手なものがあります。
作品はまたnoteのメルマガで公開させていただきますね!
https://note.com/natsukawagao/m/m99658a0e5b48

☆☆☆☆
『今も忘れない「幽霊の出る」あの街』

「昨日見た、最上階の部屋、やっぱり、ぼんやり灯りがついていたよね?」
「そう、あれ絶対、電気の光じゃないよ。何かいるって」
「あそこで毎年、人が死んでいるんだぜ。長く見てちゃダメだよ。向こうからも、たぶんこっちを見ているんだから……」
それは1970年代、港区は白金小学校の子供たちに、よくあった会話。皆が最上階を見上げたのは、東大附属医科学研究所内の「公衆衛生院」という建物である。
今でも地下鉄南北線の白金台の駅を出れば、正面にこの巨大な洋館のような建物が、まるでお城のようにそびえている。現在は港区の郷土歴史館になっている建物は、私が子供の頃は病院の一棟として使用されていた。昭和初期の歴史的な建物だが、夜になると、ただ巨大で不気味な存在でしかない。実際、「幽霊を見た」という話も多く、そんな建物が薄暗い灯りの中で、私たちをずっと見下ろしてきたのである。
しかし私たち古き白金ボーイズ&ガールズは、皆、この古い研究所棟のある敷地内の広場で遊び、夜は忍び込んで肝試しをしていた。鬱蒼とした広い敷地内の森で虫を取り、ここで屠殺されていた病気の犬と遊んだこともある。池の魚を採り、隣接した商店街で買い物をして、売店でジュースを飲む。この街の住民が「シロガネーゼ」などと呼ばれるようになる、ずっと昔の話である。
この東大附属医科学研究所がなくなる、という話はずっとあった。しかし歴史的な建物を保存すべきだという声が高まった結果、敷地は有料で入る場所へと変わり、むしろ近隣住民が閉め出されてしまった。コロナ時の閉鎖期間を経て、いまは研究所を兼ねた、一種の観光地に様変わりしている。
一方で隣接した商店街はなくなり、白金のボーイズ&ガールズはほぼ、この街を去ってしまった。そしてとうとう、私もこの3月に、この街を去ることになってしまう。
それでも亡くなった家にいけば、相変わらず不気味な建物は、空き地になった場所を見下ろすようにそびえている。幽霊が今もいるのだとしたら、ひょっとしたら最後に住民になるのかもしれない。
いまや昔の家の形も、友達の家の場所も、通った駄菓子屋さんも、ほとんど思い出せない。でも、幽霊のいる場所はまだ健在である。この先もずっとあるのではないか。
ならそのまま、この街の新しい住民たちを、恐怖させ続けてほしい。いつまでも、たまに戻ってくる私たちが、郷愁を思い出せるように。子供心に感じたロマンを、呼び戻せるように……。

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