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とっととあきらめることなんて、しなくていい

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「自分のあきらめの悪さを褒めたい。

もっと早く、辞めてもいいタイミングはあった。

パフォーマンスを出せない時期は苦しかった。

批判されたり叩かれたりしても、

それを力に変えて、

跳ね返してやろうと思ってやってきましたが、

最後はそれに耐えられなくなって、

心が折れました」

 

「会見をしたくなかった」と言いながら、

出てきた言葉。

相当、苦しい思いをしてきたんでしょうね。

 

「平成の怪物」と言われた投手、

松坂大輔さんの言葉。

19日にデビューした西武のマウンドで、

引退試合になりました。

 

なんせ最初にこの人を見たときは衝撃的でした。

横浜高校でしたか、

PL学園の延長戦を投げ抜き、

その次の決勝戦でも投げて優勝。

 

その年、ドラフト1位で西武に入り、

18歳にして勝ち続けました。

 

ただ、メジャーに移籍した結果はうまくいかず。

その後も怪我に泣き、

2015年に日本復帰するも、

出番はほとんどありませんでした。

 

プロ選手というのは、

とかく結果が問われる世界です。

やはり今年だったら大谷翔平選手のように、

輝く功績を上げた人が

評価されるのも当然でしょう。

 

でも、スポーツというのが

人に勇気や感動をあたえるものであるなら、

結果は望んだものではなかったにしろ、

彼のように

あがき続ける生き様を見せるのも

大きな仕事なのかもしれません。

 

負けないように負けないようにと

奮闘することは、

決して醜いことなんかじゃない。

 

少なくとも1人の作家に、

「売れなくても書き続けよう」とか

「読まれなくても文章を投稿しよう」とか、

奮闘する力を与えてはくれますものね。

 

確か松坂選手がつくった流行語だったと思う

「リベンジ」という言葉。

 

職種や仕事が変わっても、

まだまだ達成できることなんじゃないか。

これからですよね。

 

とにかくお疲れさまでしたです。

画像は若き日のものです。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

かの王妃が言った言葉と言わなかった言葉

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「ごめんなさいね、ムッシュー。

わざとではありませんのよ」

 

こちら、フランスの王妃

マリー・アントワネットの

最期の言葉とされています。

 

10月16日は彼女の命日だとのこと。

1793年のことになりますが、

フランス革命後、ギロチン台によって

38年の人生を終えました。

その最期の瞬間に、王妃はあやまって

死刑執行人の足を踏んでしまったらしい。

それでこの言葉ですが、

ずいぶんと落ち着いていたんですね……。

 

日本では石田三成とか、

吉田松陰を連想させますが、

「犯罪者にとって死刑は恥ずべきものだが、

無実の罪で断頭台に送られるなら

恥ずべきものではない」

そんなふうにずっと、威厳を保っていたそうです。

 

フランス王家による支配体制を憎んで

18世紀に民衆が起こしたフランス革命。

 

ただ、オーストリアで生まれた

マリー・アントワネットは、

むしろ体制の反逆者でした。

 

「パンが無ければ、お菓子を食べればいいじゃない」

と民衆に言ったというのは、後の脚色。

 

思想家のルソーの記述からとされますが、

「マリー・アントワネットが言った」とは

記されていないそうですね。

 

実際は多くの妾を抱えたり、

ムダに豪勢な暮らしをする先王の

サロン文化を批判し、

社会福祉などにも積極的だったとのこと。

 

ただ、大人しい夫のルイ16世に対し、

強気な彼女の性格はたびたび、

王族たちとのトラブルを招き、

母親のオーストリア女王

マリア・テレジアはしょっちゅう

手紙でその態度をいさめていたんですね。

 

時代が時代であれば、

ひょっとしたら名君になったかもしれない

マリー・アントワネットさん。

 

歴史的な運命には翻弄にされましたが、

自分の人生には対しては

一点の悔いもなかったのかもしれません。

ちょっと武士道っぽいですね。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

偉大なるカーク船長!

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「宇宙に行った最高齢者は、

自分だと言いたかった」

 

これは嬉しいニュースですよね。

子どものころ大好きだった

テレビ番組「スタートレック」の

カーク船長です。

 

演じていたウィリアム・シャトナーさんが、

90歳という世界最高齢で

宇宙飛行を実現したとのこと。

 

かの「アマゾン」の

ジェフ・ペゾスさんが、つくった

「ブルー・オリジン」という

宇宙旅行の会社。

何より「この人には宇宙に行ってほしい」

という願いだったのでしょうね。

 

「スタートレック」の最初のシリーズを、

もう「観ていた」という人は

年齢層も高くなると思います。

 

Mr.スポックと、

Dr.マッコイの3人が主役ですが、

学校から帰ったあと、

ちょうど夕方に放送があった記憶があります。

ただただ、楽しみだったですよね。

テレビ番組のクルーが終わっても、

じつは90年代まで

映画シリーズでカーク船長は健在でした。

 

その後、2000年代になって

ピカード艦長の時代になり、

そういえばカーク船長の息子の時代もありました。

いまはどうなっているのだろう……。

 

そうやって「スタートレック」は

引退したシャトナーさんですが、

その後もSF小説を自ら執筆したりして

自らつくった世界を継続させているんですね。

 

それだけ長く演じたSF作品の世界を

深く愛していたんだろうなと思います。

 

「想像できる限り最も深遠な体験を与えてもらった。

今起こったことに感動で胸がいっぱいだ」

 

そう述べるシャトナーさん、

でも、カーク船長のようなキャラがいたからこそ、

多くの人が宇宙に憧れ、

やっと現在、宇宙を目指すベンチャーが成功してきた。

 

その原動力となった功績は、

ものすごく大きいのかもしれません。

 

もっと長生きして

映画でもまた復活してほしいな……。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

「面白そう」と思ったら、とことんのめりこむ

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「ドラゴンクエスト」の音楽といえば、

「東京オリンピック」の入場行進曲にも使われた

世界的知名度の高い名曲となっています。

 

その作曲家である、

すぎやまこういちさんが先日、

この世を去ってしまったそうです。

 

ゲーム音楽をやっているから若いのかと思いきや、

享年90歳とのこと。

80代のときに

「世界最高齢でゲーム音楽をつくった人」と

ギネス認定すらされているんですね。

知りませんでした。

 

そもそもすぎやまさんは、

学生のときに作曲家への道を断念した人。

その後、東大を出て、テレビ局に就職しますが、

音楽への道をあきらめきれずに独立。

私が生まれる以前の話ですが、

ザ・ピーナッツやらタイガースやらに楽曲を提供し、

売れっ子になっていったんですね。

 

そんなすぎやまさんが、

なぜ、ゲーム音楽をやることになったかといえば、

単純に「好き」だから。

 

そもそもアーケードゲームだったり、

あるいはアニメだったりが大好きで、

「音楽をつくりたい」と

ゲーム会社には自らすすんでアプローチしたそうです。

 

でも、それを最初、快く思わなかったのは、

ゲームの作り手側のほうでした。

 

自分も記憶していますが、80年代のころ

「ドラゴンクエスト」といえば、

世の中を変えるくらいの

画期的な「ゲーム作品」でした。

 

その作り手のチュンソフトのクリエイターたちは、

若い人ばかり。

大人気だった鳥山明さんにキャラクターデザインを頼み、

独自の世界観で新しいものをつくろうとしていた。

 

そこに当時50代くらいの、

すでに芸能界でお馴染みになっている

音楽家を入れることには、かなりの抵抗感があった。

「何もわかってない大御所に

音楽の部分を好きなようにされるのは御免だ」

ということでしょうね。

 

それを聞き、すぐやまさんは開発者のところへ出向き、

「どれだけ自分がゲームを愛しているか」を

懇切丁寧にうったえたんだそうです。

「こんなのもやっているぞ」

「こんなことも知っているぞ」なんて。

 

その後、すぎやまさんの音楽は、

ドラゴンクエストの世界観に

なくてはならない必須要素になっていきました。

自身でもゲーム音楽以外の仕事を少なくしていったそうです。

 

これが30年以上たって

世界のアスリートを迎える音楽にまでなると

誰が想像したか?

 

体裁も、年齢も、ジャンルも関係ない。

大切なことは、

自分が「面白い」と思ったことに

とことんのめりこんでいくことなんですね。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

とにかく日本人は皆、この方に感謝しましょう

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「無理はできる間にしかできない。

2021年のシーズンを機に、できる限り無理をしながら

翔平にしか描けない時代を築いていってほしい」

 

こちら今年のエンゼルスでの

シーズンを終えた大谷翔平選手に、

イチローさんが贈った言葉。

 

皆が心躍されてきた大谷さんの今年の戦いが、

ついに幕を閉じました。

本当にお疲れさまでした、ですね。

 

最終的には投手として10勝に届かず、

ベーブルースに並ばなかった。

ホームラン王も最後まで競りましたが、

ライバルには勝てませんでした。

MVPはわかりませんが、

正直、そんなことはどうでもいいのかもしれません。

 

このコロナ禍で皆が元気を失っていた

2021年のこれまで。

この方の活躍に、

どれだけ日本人がワクワクし、

どれだけ希望や勇気を与えられ、

どれだけ励まされてきたか。

 

間違いなく全日本人MVPに値しますよね。

本当に私たちは感謝しなければいけない。

まあ、本人は楽しんでやってきただけ、

かもしれませんが……。

 

ただ、イチローさんはこんなことも言っています。

 

「比較対象がないこと自体が

誰も経験したことがない境地に挑んでいる

すごみであり、

その物差しを自らつくらなくてはならない

宿命でもある」

 

結局のところ、大谷さんの確立したスタイルは、

「記録」とか「成績」では

評価することのできないものです。

 

でも、野球に限らずですが、

世の中は人を「記録」や「成績」で判断するわけです。

だからそれを超えた「自分流」を貫くには、

評価されなかったり、

一般評価がつねにパフォーマンスを下回るストレスに

耐え続けなければならない。

 

そのうえで、

「これができているから自分は満足だ」という

ブレない自己肯定感を確立していなければならない。

 

とても大変なのですが、

そうなったときにはじめて

私たちは、「ありのままの自分」に

最髙の評価をくだせるようになるのかもしれません。

 

まだまだ大谷さんから学ぶべきことは多そうですね。

 

どうしても私たち、

ホームラン王とかを期待しますが、

それ自体がお門違いなのかも。

とにかくゆっくり体を休め、

次のシーズンに備えてほしいものです。

 

画像はアメリカで話題になっているという、

「大谷投手と赤ちゃん」の投稿。

こんなふうに世界の人が、

「こんな人になってほしい」と夢をたくされた日本人が

かつてどれくらいいたのだろうか?

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それでもゴルゴ13が仕事を続ける理由

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「10%の才能と20%の努力、そして30%の臆病さ。

残る40%は運だろう……な」

こちら52年にわたって

「暗殺者」という仕事をしてきた

「ゴルゴ13」こと、デューク東郷の言葉。

 

世界一の単行本刊行数を実現した、

作品の継続力も暗示しているようですが、

原作者の「さいとう・たかを」先生が、

すい臓がんでお亡くなりになったそうです。

享年84歳だとのこと。

 

つい最近も、

ワクチン接種の普及ポスターなどの仕事をしていたばかり。

悲しいことではありますが、

ご冥福をお祈りします。

 

「殺し屋」という仕事ではあっても、

ゴルゴ13は「仕事ができる人」の見本。

なんせ依頼した仕事は、

どんなに難しくても確実に実行します。

 

そして漫画家のさいとうさんも、

同じように仕事のプロであり続けました。

 

というのも、2020年にコロナ対策のため

事務所での作業を一時中止するまで、

1度も休載をしなかったそうです。

これが1968年から、ということですから。

とんでもない意識の高さですよね。

編集者にとっては、

この上なくありがたいことと思います。

 

これだけのロングワークが実現できたのには、

「漫画を描くシステム」を

長い時間をかけて完璧に

つくりあげたことがあります。

 

「ゴルゴ13」の制作は完全に分業制で、

チームでつくりあげるのが、そのやり方。

最終回だけは

さいとうさんが構想を極秘にしていたそうですが、

いろんな人がストーリーを考え、

皆で作画も行なっていたようですね。

 

ゴルゴ13の顔だけは当人が描いたそうですが、

それにもこだわりはなかったとのこと。

だから、さいとう・たかをさんが亡くなっても

連載は終了せず、

ゴルゴ13は仕事を変わらずに継続するとか。

 

そうするとさいとうさんは、

1人で頭で終わる「作品」ではなく、

永遠に続く「事業」を立ち上げたようなもの。

本人がいなくなっても読者を喜ばせ続ける姿勢、

これがプロの仕事なんだろうな……と

あらためて思います。

 

どんなことがあっても約束は守る。

やり続けることで仕事は永遠のものになるんですね。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

生まれたことに感謝!……2572年経っても変わらない真理

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本日、9月28日は、

この方の誕生日だそうです。

孔子……ですね。

画像は湯島聖堂にある銅像。

日本には少ない、孔子廟、

つまり孔子を祀った儒教のお寺になります。

 

孔子の生誕は、紀元前551年のこと。

古いことなので、

本当にその年のこの日に生まれたかどうかは、

ハッキリしません。

 

ただ日本ではあまり重んじられていませんが、

中国や韓国では、

すでに「孔子式典」として

お祭りが行なわれているそうです。

 

その孔子、生まれたときお父さんは、

すでに70歳。

一方でお母さんは、16歳だったといわれます。

 

犯罪じゃないか……と疑ってしまいますが、

お父さんは日本でいう「武士」みたいな階級。

お母さんは地方の巫女のような立場でした。

 

戦乱の世の中でしたから、

辛い事情を抱えていたのかもしれません。

物心がつくまえに父親はなくなり、

貧しい中、

母親が彼を女手一つで育て上げました。

 

そののち、儒教文化の1つの柱ともなる

「孝行」の教えは、

このお母さんへの感謝から生まれているんですね。

 

その「孝」について、

弟子から「子は親に何をしたらいいのか?」と

尋ねられたとき、

孔子はシンプルにこう答えています。

 

「ただその病をこれ憂う」

 

つまり、つねに健康であるように、

身体を心配するようにしていなさい……と。

 

17歳で最愛の母も失っている孔子は、

その重みを痛烈に味わっていたのでしょう。

 

自分が生まれた日は、

何より生んでくれた親に感謝するべきである。

そんなふうに孔子の教えを解釈して、

両親への思いを淡々と語っているのは、

かの渋沢栄一さんです。

 

その生誕から2570年以上の月日が経っても、

人が人から生まれる以上、

これは変わらない真理でしょうね。

 

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科学と平和がウィルスに打ち勝つ日

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9月の終わりを前にして、

「緊急事態宣言」をどのように解除するかが、

目下の議論になっています。

 

東京の新規感染者は、今日は200人台。

まだ予断はゆるしませんが、

猛威を振るったデルタ株も、

ずいぶん収束してきたようです。

 

そんな9月28日、今日は

「細菌学の父」の1人とされる

ルイ・パスツールさんの命日だそうです。

19世紀を生きたフランスの科学者で、

「炭疽菌」やウィルス由来となる「狂犬病」の

ワクチンを開発した人物です。

 

ただ、意外なことに、

彼は「お医者さん」ではなかったのですね。

もともとは皮の「なめし職人」の家に生まれ、

やがて学問の道を志した人間でした。

 

ワインの腐敗や、

蚕の伝染病を防ごうとする研究の中から、

細菌やウィルスについての

専門家になっていったそうです。

 

ですからワクチンを、

人間に対して実験的に用いることには

かなり慎重であったとか。

 

じつは科学者として知名度を得たパスツールでしたが、

2人の子どもを感染症で失っているし、

自身は40代で半身不随になったりと、

あまり幸福な人生を送ったわけではありません。

 

それでも金銭や名誉といった欲を優先とした

仕事はしないと、

かなり一貫した姿勢を貫いていたそうですね。

現在のウィルス研究が、

人体実験を繰り返した科学者でなく、

彼のような慎重論の科学者を継承していることは

特筆すべきでしょう。

 

それでも致死率の高い狂犬病を研究していた

彼のもとには、

「ダメモトでもいいからウィルス投与をしてほしい」

という患者さんが集まることになります。

 

結果、人々を救うために

現在の「パスツール研究所」が創設されたそうです。

 

ヨーロッパで多くの人々を救ってきたこの施設、

第2次大戦下でフランスが

ドイツに占領されたときも、

ドイツの医療者たちの努力で保護されていたといいます。

 

「科学と平和が

無知と戦争に勝利することを

私は確信している」

 

「コロナ」という言葉に

私たちが翻弄される日々も、

あと少しか?

そのためにちょっとの踏ん張りが必要というならば、

いまはあえて耐えることも

受け入れましょう。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]

「武士道」を貫こうとした人生

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「武士道は『言葉』ではない」

 

そんなふうに自分の生き方を述べていた人物。

今から99年前の9月13日に、

明治天皇の後を追って自害しました。

 

日露戦争で活躍した、乃木希典将軍ですね。

その命日である今日は、

「乃木大将の日」となっているそうです。

 

旅順の要塞を攻め落とし、

後に乃木神社の神様にまでなっている乃木将軍。

ただし軍事における成果は、賛否両論でもあります。

 

補給がなかったこともありますが、

機関銃を備えた要塞へ玉砕覚悟の突撃を繰り返し、

最終的には消耗戦で勝ったものの、

多数の犠牲者を出すことになりました。

 

それでも長州藩所属の武士として

生まれた者としての信条だったのでしょう。

命を賭けてでも命じられたことは、

「実現させねばならぬ」と考えていたわけです。

 

同時に、そこまでの犠牲を出して捕らえた

ロシアの将軍に、

「恥を残すようなことをしてはならぬ」と

剣を取り上げなかったうえ、

写真を撮ることも禁止したとか。

 

こうした身をもって体現した「武士道」のあり方が、

よくも悪くも世界を恐れさせ、

また、尊敬させもしたわけです。

 

『武士道』を書いた

新渡戸稲造さんとは同世代ですが、

文化人であり、キリスト教徒でもあった新渡戸さんが、

国際社会に通用する

新しい時代に融合した「武士道」を模索したのに対し、

あくまで失われつつある武士の忠義を

最後まで貫いたのが乃木将軍なのでしょう。

 

必ずしもその行動が

同時代の人々に称賛されたわけではありませんが、

明治になって

いきなり世界の列強に名を連ねた日本の強さの背景には、

ストイックな生を貫いた人物がいたことを

忘れてはならないですね。

 

かたや現代の日本人は、

「緊急事態宣言」すら

無視するようになっていますが……。

まあほんの少しでも、

「みんなのため」に努力する武士道精神は、

学び直して取り戻したいとこですね。

 

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ベーブルースの「伝説」とは?

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「諦めないヤツを打ち負かすことは、誰にだってできない」

 

「You just can’t beat the person who never gives up.」

という原語ですが、

誰の言葉かと言えば、伝説のメジャーリーガー。

ベーブルースですね。

そう、ベーブルースといえば、大谷翔平選手。

ピッチャーとバッターの二刀流で、

次々とその記録に並んでいます。

 

ただそれ以上に、今年の大谷選手は、

ホームラン王を狙えるところにいるわけです。

オールスターのホームラン競争に選ばれるのも前代未聞ですが、

これで「野球の神様」と呼ばれた

ルース選手に近づくのか?

 

それでちょっとルース選手について調べると、

1914年から35年までのキャリアで

「二刀流」をしていたのは、5年くらい。

ホームラン王12回で、

生涯、714本のホームランを打っています。

 

ちなみに「ベーブ(赤ちゃん)」というのは、

童顔だったことからの通称です。

 

子どものころ、何度も偉人伝を読みました。

有名なのは、病気の子どものために打った

「予告ホームラン」ですよね。

 

ただ実際を調べると、どうも

「予告してホームランを打った」という話と

「不治の病になったファンの子の病室を

何度も訪ねて励ました」という話が、

ごっちゃになっているらしい。

 

それどころか、やや暴力的であったり、

不摂生で何度も病気でスランプに陥ったり……と、

どうも「偉人らしかねる」行動や言動は、

目立ったりするような(笑)

 

ただ、球界を巻き込んだ不祥事に、戦争や不景気など、

暗かった当時の世界にあって

真剣に「野球」というスポーツと向き合い

何度も奇跡的な復活を遂げ、

チームの勝利に貢献してきた姿が

大勢のスポーツファンの心を打ったわけですね。

 

一瞬の活躍のみでなく、

「神様」たる評価は、その人生を通じて

成し遂げたものなのでしょう。

 

ずっと「二刀流、格好いい!」で

孤高のポジションを貫いてきた大谷選手。

そんな特殊性に、私は感動してきたのですが、

これが「ホームラン王を狙えるバッターだ」という

位置に立ったあとは、

その役割も変わってくるのかもしれません。

 

どっちを選ぶのかは難しいのでしょうが、

四番バッターの位置にドンと定着し、

チームを優勝に導く1発を量産する大谷選手も

それはそれで見てみたいかも。

 

[Words of Wisdom〜君はこの言葉を知っているか?]