ひょっとしてこれが卑弥呼さんの墓?

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佐賀県の吉野ヶ里遺跡で
大発見があったそうですね?

今まで未発掘だった神社エリアの調査が行なわれ、
弥生時代後期の支配者と見られる人物の
石棺墓が見つかったそうです。
中の調査は6月5日以降になるとのこと。
楽しみですね。

それで「卑弥呼の墓、発見か!」なんていう言葉が
Twitterには溢れました。

でも、メディアのニュースをよく見れば、
「卑弥呼の時代の墓」とか「邪馬台国の時代の墓」と、
慎重に言葉を選んでいます。

それでも「さらに調べれば、
歴史的に大きな意味を持つ発掘になる可能性がある」と、
おそらくは中国古代の魏志倭人伝に書かれている
日本に存在した古代国家、
邪馬台国や女王・卑弥呼につながる証拠を
期待する声があるのでしょうね。

文字が書かれた資料などがお棺の中にあるか?
当時最先端だった「鉄器」が埋葬品にあるか?
そうでなくても、「女王」を彷彿させるような
豪華な服装品が発見されるか……?
この辺に注目が集まるのでしょうか。

期待は集まっていますが、
個人的にはやはり「ここが邪馬台国だ」なんていう
証拠は見つかってほしくない……というのが、
希望にはなりますよね。

というのも、吉野ヶ里には広大な
弥生時代の村が広がっており、
その大きさはディズーランドの倍だとか。
これを見ればやはり感動します。

とはいえ人口は周辺地域を集めても、
最大で5000人くらい。
規模で見たら「大国家」というよりは、
「大きな集落」という感じになってしまいます。

一方で邪馬台国の所在に関しては、
九州説のみでなく、畿内説もあります。

機内で最有力とされるのは
奈良の「纏向遺跡」ですが、
その規模は6万人という勢力。

最古の前方後円墳である「箸墓古墳」を抱え、
それが全国に普及するのことを考えれば、
この勢力がのちの大和朝廷、
すなわち現代の日本王朝にもつながるのではないかと、
十分に推定できるわけです。
(吉野ヶ里はこの形式のお墓ではありません)

せっかくだから卑弥呼のいた邪馬台国は、
日本の原点につながっていてほしいですよね。

ともあれ、事実がわかればわかるほど
ロマンが広がっていくのが、
古代史や考古学の世界です。

これからどんなものが見つかるのか、
楽しみにしましょう!

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