「ドジャース」って、いったい何者なのか?

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大谷翔平選手が、
「なるほど予想通り」なのでしょうが、
ロサンゼルス・ドジャースに入ることが決まりました。

何より「出来レース」と言われながら、
史上最高額を引き出したエージェントの手腕。
おそらくはすべて、
バレロさんの手の内だったのでしょうね。

ドジャースという球団、日本でもお馴染みが、
「ヤンキース」とか「エンゼルス」とか、
先日に紹介した「ブルージェイズ」と違って、
どうもこの「ドジャース」の意味がわからない。

「ドッジボール」の「ドッジ」、
「よける」という意味で直訳は「よける人」なんですが、
なぜ彼らはそれをチーム名にしているんでしょうか?

調べるとじつは、チーム創業の1883年から1958年まで、
このチームがニューヨークの「ブルックリン」に
本拠を置いていたことの名残だそうです。

工場地帯であり、日本で言う「下町」だった
ブルックリン区。
当時はたくさんの路面電車が通っていて、
住民たちはしょっちゅう、
「電車をよけること」を余儀なくされた。
それが「よける人=ドジャース」という
通称になっていたのだそうです。

これが下町住民の愛するチーム名にもなっていった。
どちらかというと「金持ちの悪ガキ」のイメージが強い
「ヤンキース」への対抗でもあったのでしょう。

下町ということは、移民の多い地域でありました。
だからか、このチームは真っ先に、
マイノリティの選手を受け入れていったチームとしても
知られています。

日本人には95年に一世を風靡し、
メジャーに渡る選手の先駆者となった
野茂英雄さんが有名でしょう。

でも、そのずっと前、
初めてメジャーリーガーとして活躍した
黒人選手を輩出したのも、この球団だったんです。
(厳密には「初の選手」ではなかったようですが)

画像がその方、
ジャッキー・ロビンソン選手ですが、
デビューしたのは1945年のこと。

そのときドジャース会長が述べたのは、
「君はこれまで誰もやっていなかった
困難な戦いを始めなければならない。
その戦いに勝つには、君は偉大なプレーヤーであるばかりか、
立派な紳士でなければならない。
仕返しをしない勇気を持つんだ」
ということ。
その後で彼はロビンソンの右頬を殴ったそうです。

しかしロビンソンは、落ち着いて答えたとのこと。
「頬はもう一つあります。ご存じですか」

結果的に名選手となり、殿堂入りするばかりか、
ドジャース初の永久欠番ももらっているロビンソンさん。
彼が創設した基金は、今も
多くのメジャーリーガーを目指す黒人選手を支援しています。

なるほど、大谷選手は、
これからそういうチームへ行くんですね。

エンゼルスを否定するわけではありませんが、
どこのスポーツを見ても、普通、
「最も優れた選手」は「最も強いチーム」にいるものです。
そうでないと一時にブームはつくっても、
長い歴史からは忘れられてしまう。

その意味で大谷選手が「伝説化」するのは、
むしろこれから。
チームを優勝に導くようになってからなのでしょう。
来年以降を楽しみにしたいですね。

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