リンドバーグのまっすぐな生き方

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「翼よ、あれがパリの灯だ!」

有名なチャールズ・リンドバーグの言葉ですが、
5月21日は、この言葉が生まれた日。

民間飛行機のパイロットだったリンドバーグが、
1927年に「大西洋単独無着陸飛行」に成功した日。
なので「リンドバーグ翼の日」という
記念日になっているそうですね。

当時、リンドバーグさんは25歳。
アメリカで生まれ、機械工学を学んだあとで
軍に入り、パイロットになりました。

それで郵便配達の仕事などをしていたのですが、
ニューヨーク〜パリ間の
初めての飛行者に与えられる
オルティーグ賞の賞金を目指し
自身の「スピリット・オブ・セントルイス号」で
参加します。

結果、人類初の大西洋横断飛行に成功した
リンドバーグさん。
名声と富を得たのですが、
それからの人生も紆余曲折でした。

もらった賞金に満足せず、
民間パイロットとしての仕事を続けた彼は、
資産家であり、のちに作家にもなる
アン・モローさんと結婚。
6人の子供をもうけます。

ところが1932年に長男が誘拐され、
身代金交渉の甲斐もなく、殺害されます。
犯人は逮捕されますが、
冤罪を主張したまま死刑に。
事件の謎は
完全に明かされないままになっているんですね。

のちに不倫も発覚しているリンドバーグさん、
決して品行方正だったわけでもないようで、
自作自演を疑う説もあります。

ただ、それでも生涯、
アン・モローさんとの人生を大切にし、
パイロットも続けていったリンドバーグさん。

第二次大戦の際には、民間の協力者として、
戦争に参戦します。

さらに機械工学の知識を生かし、
生理学者アレクシス・カレルさんと共同で、
人工心臓の開発にも貢献しました。

戦後は本を執筆し、
妻のアン・モローさんとともにハワイに住み、
環境保護をうったえる活動を続けた
リンドバーグさん。

自分の成功体験を最後まで生かし、
一貫してベストを尽くす人生を送ったことは
確かなようですね。

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