
「フランチェスコ・スフォルツァが築いた
ミラノの城は、
国家が抱えるどんな混乱にも増して
スフォルツァ家にトラブルを引き起こしましたし、
今後もそうなるでしょう」
こちらは私が現代語訳している、
『マキャヴェリの「君主論」』
(ウェッジ刊)より。
今、冬季オリンピックが開催されている
ミラノについての記述ですね。
『君主論』が書かれたのは、
16世紀の初頭。
彼はルネッサンスの頃のフィレンツェで
外交官を務め、その後、
この国に再び仕えることを目指して
著作をしたのですが、
同時代にミラノはといえば、
そのライバル都市として、
独自の国家を築いていたわけです。
ミラノといえば、
イタリア有数の都市であり、
日本人には観光地であり、
ファッションの町……という
印象が強いでしょう。
その通り、羊毛製品など
手工業の町、商業の街として
古くから独自の都市国家を築いてきたミラノ。
その繁栄の中心には、
ヨーロッパで最強の城にも数えられた
強固な「城」が存在していました。
これは現在「スフォルツァ城」といわれる城。
もともとはヴィスコンティ家が築き、
その後、傭兵のスフォルツァ家が、
この城を改築しました。
傭兵は、日本的には
「武将」のようなものでしょうが、
イタリア的にいえば、
ようは「マフィア」みたいなものです。
ただ、武力でもって国を守り、
街の経済を守護して財力を築き、
ローマ教皇と友好関係をつくって、
「神聖ローマ皇帝」などの
称号も得るようになりました。
とくに15世紀末にこの地を支配した
ルドヴィーゴ・スフォルツァは、
レオナルド・ダ・ヴィンチを支援し、
『最後の晩餐』を
依頼したことでも知られています。
商工業の民であったミラノ市民は
たびたび悪政に対して城へ抗議しましたが、
いざというときは強力して
外敵から街を守りました。
この鉄壁な関係があったから、
お隣の強国フランスは、たびたび、
この街を包囲し陥落させながら、
ついには支配することが
できなかったんですね。
だからイタリアが統一し、強国になるためには、
ミラノの城が邪魔になる……と、
マキャヴェリは考えていたようです。
一方では他の町に迎合せず、
自国の何倍もの領土を持った強国にも
臆すことなく立ち向かってきた
気概のある都市。
オリンピックを機会に覚えておきたいですね。




