「できないこと」を嘆くより、「できること」を楽しもう

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こちらの画像、港区の覚林寺ですが、

つまりは「お祭り縮小」のお知らせです。

毎年、子どもの日をはさんで

このお寺、通称「清正公」では、

縁日がたくさんできる大きなお祭りがあります。

 

甥がまだ小さかったころは、

必ず遊びに来て連れていきましたから、

ブログでも結構、紹介してきました。

ただ、コロナによる緊急事態宣言下で、

昨年は中止。今年も縁日はとりやめで、

今のところは「規模を小さくして行なう」ようです。

東京も緊急事態宣言がかかれば、わからないですけど。

ようやくワクチンも始まった段階になって、

今度は変異型とやらで、

このウィルスも相当、意地悪ですよね。ホント。

なかなか再開できないイベント活動で、

私も「賢者の会」とか「サロン」とか、

そういうことをやっていた事実さえ

いつのまにか忘れそうになります。

 

逆に果たして、再開するとき、

どうやって始めたらいいんだろう(苦笑)

けれどもいつも思うのは、現在のような状況って、

この世界ではたえず起こっているんです。

何年かスパンで起こることが、

たまたま2020〜2021年という時期に起こっただけ。

 

実際、私の人生を思い返しても、

日本では神戸で、東北でと、大災害がありました。

そのとき幸運にも私は当事者でなかったから、

ゼロから再出発することにはなっていない。

でも、世にはそれを余儀なくされた方が大勢いるわけです。

 

感染症だけに限ってみれば、

中世の頃のペストでは、世界人口の20%くらいの命が

失われています。

 

それに比べてコロナは軽いのも事実ですが、

多くの人がなんとか頑張ってこらえているのも、

医学が進歩し、情報の伝達網やインフラが整備され、

世界がかつて以上に協力関係を強化し、

助け合えるようになっていることが大きいんです。

 

そうは思えないかもしれませんが、

30年前くらいを考えれば

中国だのロシアだのの情報が入ってくること自体、

日本からはありえないことだったでしょう。

 

だから不幸にも災難にぶちあたった現在ですが、

周期的にやってくる大災害にしては、

私たちの被害も小さく済んでいることは事実であるわけです

むろん、だからいいということはない。

大変な目にあった方も大勢いるでしょうが、

逆に余裕のある人も大勢いる。

 

あと少しもちこたえるためには、

余裕のある人がもう少し耐えて、

余裕のない人を支えてあげること。

 

「できないこと」ばかりに不満を言うのでなく、

「できること」をしっかり見つけて

助け合っていくことだろうなと思います!

いまはもう少し、がんばりましょう。

 

[コロナ後の未来へ]

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