神田明神にいる神様は?

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昨日は「湯島聖堂」を紹介したので、
さらに足を伸ばして訪れた、こちらの神社についても、
書いておきましょう。

週末の段階で、桜も見事に咲いていました。

お茶の水周辺の名所の1つで、
東京人に人気のある神社。
「神田明神」ですね。

その神田明神で祀られている神って、
どんな神様か知っていたでしょうか?

大黒様とか、恵比寿様も祀られていますが、
何といってもここで祀られているのは、
「平将門さん」です。

平安時代に朝廷に逆らい、
反乱を起こした実在の武将。
そんな人物が、この地で神様になり、
長く愛されているわけです。
でも、一体どうしてでしょう?

要するそれは、
「祟りを起こしたから」なんですね。

将門が反乱を起こしたのは、935年のこと。
起点は彼が治めていた地、今の茨城県でした。

しかし彼の反乱は失敗し、将門は討たれ、
その首は京の朝廷へ届けられた。

ところが彼の首は故郷を目指して飛んでいき、
途中、現在の東京で落ちたとされているわけです。
その場所が大手町の「首塚」です。

いずれにしろ討たれた将門は朝廷を恨み、
死んでも怨霊となって、国に災いを起こしたわけです。
だから国家は、彼を鎮魂し、
神様として祀ることにした。

大手町にあった社がやがて江戸時代に
「江戸総鎮守」として現在の場所に移され、
神田明神になったんですね。

それだけ聞くと、祟り神だった将門さん。
果たして、「幸せになりたい」とか
「お金が入ってきますように」なんていう
願いを叶えてくれるのかと、
不安になってしまいます……。

でも、そもそも彼が
「なぜ祟ったか」を考えてみるのかもしれません。

彼の「恨み」を朝廷側が恐れたのは、
それだけ「後ろめたかったから」でもあるわけです。
実際、貴族たちは自分たちの政争に明け暮れ、
地方の民衆の苦労なんて、
放ったらかしにしていた。

だから困窮する人々が多かったのですが、
それに対して皇族の系譜ともされる将門さんは、
自分が東方に「皆が幸せに暮らせる国」を作ろうと
立ち上がった……ということなんですね。

それを考えれば、彼が神様となり、
とくに関東人の幸福を考えてくれるのは当然のこと。

関東人どころか、先日に訪ねた際は、
外国の方も多くいましたが、
そういうことを知ってお参りをすると、
また気持ちも変わってきます。

ですからちゃんと神様を知って、
お参りするようにはしたいですね。

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